天使の恋

□第五章
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「……駿希ってさ」
「ん」
「どうして、死んじゃったの……?」
カタンカタンと線路の音が響く電車に乗る中、二人の間にできた沈黙を破ったのはあたしだった。
待っていたのはこんな話題じゃないことは分かっていた。余計に気まずくなるだけなことも。
でも、知らなきゃいけないでしょう? 駿希を、大切にしたいなら。
緊張して返答を待つ中、一切表情を変えない駿希が少しだけ怖かった。
「俺はほぼ覚えてなくて、俺の担当の天使から聞いたことだけど」
あたしの神経が、駿希の言葉に集中する。線路の音は違う路線を進むように消えていった。
「小児ガン」
窓の外が瞬時に暗くなる。トンネルを通過する音が、驚きの感情と共に記憶へ刻まれた。
「年長の頃に発症して、転移を繰り返して七歳八ヶ月で天国に行ったよ」
あたしの瞬きが多くなると、駿希は困ったように笑った。
「そんな顔すんなよ。もう九年も前の話だ、悲しいなんて思ってねぇよ」
「ごめん」
「なんでお前が謝んの……」
あたしの目から、粒の形をしたまま涙がこぼれた。
だって、悲しくないなんて嘘だよね。あたしが想像できないくらい苦しいんだよね。どうしても生き返りたいんだよね。
そうじゃなきゃ、未練を持った者が残る天国に九年も……。
「お前……あずさって、よく泣くな」
駿希の親指があたしの頬をなぞって、涙の跡を消していく。
電車はトンネルを抜け、窓は桜並木を映し出していた。桜と言っても、もう緑が混ざっていて初夏を待っているようだ。
「俺、満開の桜って見たことないんだ」
「……そうなの?」
「病室から見える範囲じゃあ、毎年桜は見えなかったから」
生きていられた時間より天国で過ごした時間の方が長い駿希。
緑色をした桜を見つめる駿希の横顔を見て、あたしの心にも若葉が芽生える。
「じゃあ、ちゃんと生き返って一緒に見に行こうよ!」
駿希の、え? という顔を見て、あたしは無邪気に笑う。
二人とも生き返って、一緒に桜を見に行こう。一人しか生き返れない可能性なんて知らない。
あたしたちの中に約束があれば、きっとそれがあたしたちを生きる道へ導いてくれる。
そう言うと駿希はしばらく黙って「うん」と一回だけ頷いた。
そのときの、嬉しそうでちょっと泣いてしまいそうな駿希の顔を、あたしはずっと覚えていようと思った。
あたしの最寄り駅のアナウンスが流れ、小さな声で「降りよう」と言うと駿希は「ん」とだけ言ってあたしの後を歩いた。
形のない約束を叶えよう。未来を作るための約束を。

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