天使の恋

□第五章
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涙でしょっぱい空気を飲み込み、あたしは自分の家族のもとへ歩いていく。
「――あぁ、甘奈ちゃん。……今日はありがとね、あずさもきっと……」
お母さんは一日で一気に老けてしまったかのように、いつもの元気のカケラも感じない。
「あずさは今、天国にいますよ」
「え……?」
「あずさは、お母さんみたいなお母さんになりたいって思っていました。いつもありがとう、って言っていました」
――お母さんのことだ、代わりに自分が死ねばよかったとか言い出しちゃうんじゃないかと思って。
お母さんはあたしの目標だったんだから、死んだりしちゃだめだよ。
するとお母さんは目を細くして、悲しそうでも微笑みを見せた。
「あずさは小学校の頃に仲良くできなかった分、中学からお父さんと仲良くなれたと嬉しそうでした」
――お父さんとは小学校の頃、勉強のことでもめ事がたくさんあった。きっとお父さんはその頃のことを後悔して、自分が親じゃなければ、なんて言わないか心配になっちゃって。
不器用は親子譲りだよね。だけど、あたしは幸せだったよ。お父さんの娘で。
お父さんはめったに流さなかった涙を次々と溢れさせて「そっか」と笑いながら泣いた。
「あずさはいつもお兄さんの文句ばかり言ってました。でも嬉しそうに見えて、誇りを持っていました」
――お兄ちゃんとは喧嘩ばかりしていた。さっきみたいにあたしのために問題を起こしてくれちゃったりして、優しいのはもう分かってるよ。
喧嘩相手がいなくなっちゃってごめんね。人を思って自分を犠牲にできるお兄ちゃんに、あたしは憧れてたんだよ。
三人組を殴った右手をさすりながら、お兄ちゃんは切なそうに笑った。
みんな笑った。今はそれだけでいいよ。
甘奈の体をしたあたしは「失礼しました」と言って、自分の家を出た。
門には金沢君の姿をした駿希が待っていて、あたしを見るなり優しい笑顔を見せた。
「よくできました」
駿希の手からなにかの缶が放たれた。パシっと受け取ると、それは温かいおしるこ。
「おしるこ星人にはピッタリの報酬だろ」
「うるさいやい」
カポ、と缶を開けると、あんこの甘い匂いがあたしを癒す。どこか懐かしい味は、春であるにもかかわらず寒気を感じる体を芯から温めていった。
「これ、俺の好きな味だ」
「へぇ、甘党だったんだ。じゃあおしるこ星人を名乗れ、今すぐ」
「そこまでの身分じゃないな、俺は」
二人で歩きながら自然と笑顔になれる今が幸せと感じた、それと同時にあたしの心に疑惑の雲がどよめく。
――駿希と一緒にいて、どうして今翔平の顔が思い浮かんだんだろう。
翔平はあたしの好きな人。……駿希は、あたしにとってどんな存在?
と、その時、金沢君の脚が金縛りにあったかのようにピタリと止まる。

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