同棲への道のり

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うたた寝を超えた爆睡から目覚めれば、己に差し込む影に思わず息を飲んだ。



衝撃的事実





(なに?このでかいのは…)

目の前に佇む男を見上げてみれば、首が痛くなった。随分と見下ろされている。


「あ、起きた!」

「…どちら様?」
「俺?渡瀬哲太(ワタセ テツタ)、よろしく」
「……どうもこちらこそ。」


うん、そういうことではなくてね。
決して握手がしたかった訳ではないんだけど。いかんせん見た事のない顔だ。よく状況が掴めないがとりあえずはっきり言わせてもらおう。


「なんでそんな顔近いの。」

この近距離はちょっと遠慮させてもらいます。

「え?」
「え…じゃなくて。だから近い近い、いいから離れて。」


とにかく眼前にある顔を遠くへ押しやる。そんな不思議そうな顔されても、常識的立ち位置がわからないのかこのでかいのは。

こういうのを人懐っこいというのか。
それともなんだその上背のせいで距離を測りかねるとでもいうのか、でかけらいいとでも?

こいつざっと見て180センチは余裕でありそうだな。高1でこれならまだまだ伸びる気か。この間の健診で170センチの大台乗って喜んだ俺の感動を返せ。

腰回りも締まってて羨ましい体格だなんだと観察していると相手が居辛そうに身動ぎした。と、あたりを見渡してびっくり。何故か周りに俺達以外誰もいないではないか。



「あれ、なに誰もいないじゃん」



それに答えてくれたのは目の前のワタセテツタ君でした。


「次の授業は移動教室みたいでした」
「あぁそうでしたか、それはご丁寧に」
「実験かどうとか、メガネ君が呼びかけてました」
「ふーん(メガネ君て委員長のことかな)」
「……。」
「………。」
「…………。」

「で、何取り残されちゃってんの?君。」

「置いてかれマシタ!!」



ぶわっとでかい図体を抱え込んで渡瀬クンは喚いた。


「そもそもこんな初々しい転入生放っていくか普通!いじめダメ絶対!!」


何も半泣きにならなくてもいいのに面倒臭いな。クラスメイトたちよ、こんなでかいのを忘れていくなんてある意味強者だな。


「転入生って初めの休憩時間とか群がられたりするもんじゃない、そういうのなかったの?」
「担任の先生が一喝してマシタ…」
「あぁ…奴の癇に障ったんだね。それでも相手にされなさすぎじゃない、何かした?」
「えぇ!自己紹介しかしてないよ俺」


(それがいけなかったんじゃない?)とは聞かないでおいてあげた。


とりあえず特別教室まで優しくエスコートして行く方向で話がまとまると、しょげていた渡瀬クンは元気を取り戻した。


「本当助かりマシタ」
「いえいえお構いなく」
「あの、あの貴方のお名前は?」
「…いやいいんだけどさっきからなんで敬語なの?なんか気持ち悪いんだけど」


思ったことを口にすれば相手はまたしょげ始めたので、「俺は並川だよ」と自己紹介をしてみた。


「俺は渡瀬、並川君よろしく。…その並川君見た目派手だしちょっと怖い人かと思いまして、いや案内してくれるし優しい人なのはもうわかってるんだけど、でもやっぱ雰囲気が…」
「渡瀬クンね、さっきも聞いたけどどうも」


どうでもいい理由そうだったのでスル―しておこう。

簡単な挨拶を済ませてから歩き始めた、後が大変だった。



「今はもう怖くないよ、最初だけだよ」とか言ってた渡瀬クンは、次第に気が緩んできたのか敬語が消え去りテンションが俄然上がっていった。



「並川くんてその髪地毛?」
「カラーリングだね」
「美容院!俺自分で切ってるよハサミで」
「へぇ器用だね」
「どうせ失敗してもわかんないからさ」
「まぁ節約出来ていいんじゃない」
「俺美容院行ったことない!」
「男だし普通じゃない」
「でも並川君は美容院行ってんだ」


だからどうした。


「制服着なくても怒られない?」
「上着とかならね、そんなにうるさくないよここ」
「そんなもん?カーデは自前?」
「指定もあるよ」
「並川くんの紫だし、銀髪とあってるよね」



(あ、なんかこいつうざいんだけど)


その後も「好きな色は?」に始まり、ピアスには何か深い意味があるのかい?
並川君てなんかオシャレな匂いがプンプンするけどやっぱり不良さん?
と、目に付いたものへの興味を包み隠そうともしない質問責めが続いた。


それに付き合ってやる優しい俺。
優しくエスコートするって言ったからね一応。俺本当優しい。



一通り聞き終えたのか、一息ついたかと思えばにっこにこな顔でみつめてきた。


「ところで並川君はスポーツとかやる?」
「スポーツね…、何かやってそうに見える?」
「うーんあんまり。でも小さいのに肩とかしっかりしてるし、やっぱり不良は喧嘩とかで鍛えられんの!」
「不良じゃないからね。まぁほどほどに適度にね」
「うん並川君てなんか何でもできそう」

「苦労したことはないね。そういう渡瀬…クンは何かやってんの?」


君付けで呼び合うことに悪寒を感じながら、他愛無い会話でさっさとこのエスコートを終わらそうと何気なく聞いたつもりだった。


しかし、 こ れ が い け な か っ た 。


この質問が大変まずかった。安直に聞き返すんじゃなかった。そもそも聞かれた時点でサラっと流せば良かったのに、極普通に返してしまった。ただの社交辞令だ。

なのに

「え?俺、俺はね!!」と声のトーンが異常に上がった瞬間(あ、これヤバイ)とその選択の間違いに気付いても既に時遅し、それを止める手立てはなかった。



「 俺野球が好きなんだ! ちっちゃい時からもうそればっか。いつだって野球がやりたくてやりたくて、授業中だってバット振り回したくてたまんなくてさ。本当にやっちゃったときはなんでか親呼び出されちゃったんだけど…」

「うんうん、教室でそのテンションでバットなんて振り回されたらね、周りはたまったもんじゃねぇよ」

「俺さ自慢じゃないけど、どんなに早くても大変でも野球部の朝練に遅れたこと一度もないんだ。だって朝起きてすぐ野球出来るなんて嬉しいじゃん!皆がきついきつい言うけど合宿なんてもう最高!一日中野球やり放題なんてもうたまんない!」

「それはそれは。俺は今お前のテンションがたまんねぇ」

「なぁなぁ。野球のことどんだけ好きか語ってい?いいよね。」

「げっ、これ以上に?」



遠回しに断ったつもりなのに、無視されたどころかこっちの意思関係なしに力いっぱい人の両手を握りしめられた。

だから距離感がおかしいから、顔近いんだってば。


「ちょい、お前いい加減に…」

「俺さ、野球があれば人生バラ色。彼女なんていらないぐらい好き、大好き」







それは何か、野球に愛の告白かなんかか?そうなのか?そういうことでいいのか?
それをなんで俺相手に言うわけ?誰にでもそれ言っちゃうの?野球への求愛を?



ぶはっ

「おまっ、確かにそりゃすげーわ」



馬鹿すぎて思わずふいちゃったよ俺。



「いやぁ!」
「いやぁって褒めてないし」
「でも今すごいって言ってくれたじゃんか」
「だからってそんな照れられても対応に困るんだけど」


そんな阿呆なこと真顔で言えるその神経に乾杯。握られている手を払いのけることも忘れて彼を見上げる。不本意だが見上げる程の上背があるなら、その握る手も大きい。

マメの潰れた痕の残る、野球をしてきた大きな手のひら。


(これは、もしかして出会っちゃったのかも?)


「だって俺、甲子園目指してるからさ。真剣に頑張らないとだめだろ!」

「だから彼女なんて作ってる暇ないって?」


(いまどき有名私立高でもないのに、こんな野球バカがこんなクソ学校に入ってくるなんて…)


「うわぁありえないしそれ人生損してるよ」

「いいんだよ俺の人生は絶賛野球に捧げるってもう決めてるから!!」


(ありえないけど、俺はそんな‘――’を待ってた)





俺はうざい人間は嫌いだ。

人の話は聞かないし空気読めないわで人様に迷惑しかかけない。
他人なんて顧みないからうざがられてることにも当然気付かない。気付かないからうざいまま。喚くだけ喚いて、結局何もできやしないのに、やっぱりうざいもんだから性質が悪い。

口先だけの人間ってやつ、過去の自分のような。



でも百歩譲って、うざい馬鹿っていう者なら、少しは許してやってもいいのかもしれない。
もしかしたら馬鹿な分、何かが起こるかもしれない。









「…そういえばさ、」

渡瀬クンは教室の前に着くと、思い出したかのように聞いてきた。

「ちなみにここの野球部って強いの?」

期待に満ち満ちた瞳をきらきら輝かせながら聞いてくる渡瀬クン。
あぁかわいそうに。
目を輝かせてるとこ悪いんだけど、君にとって残念なお知らせがあります。



「大変盛り上がってるとこ悪いんだけど、うち野球部なんてないよ?」



ガラリと理科室の扉を開けながら親切に教えてあげれば、渡瀬の笑みがピシッと引き攣ったことに、俺はほくそ笑んだ。





( あぁ本当残念なことに、いまのところはね… )





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