喫茶☆あまみや


□プロローグ
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はじめまして




雨宮(アマミヤ)といいます。



私は都心から少し離れた駅前近くに、小さなビルの一階を借りて喫茶店を開いています。
お客様にはよく隠れ家のようでレトロな雰囲気が気に入っているのだと好評をいただいております。
こちらに店を出してから1年程経ちますが、嬉しいことに常連なる方々が増え、営業自体は今のところ順調にいっております。

実のとこ、この三階建てビルは大学時代の知人の所有物でして、訳あってその一階を借りることを条件に副業として知人の仕事を手伝っています。



知人は二階でなんと探偵事務所なるものを開いています。
ただし個人の探偵業は中々営利が見込めないらしく、彼自身もいくつかの不動産業等を営んでいます。


どの程度のものかはわかりかねますが、探偵のお客様も多種多様な方が来られているようです。
店の方でも悩みを抱えた方がいらした時にそっと勧めることもあります。


本人曰く、簡単な依頼ばかりで物足りない等とぼやいておりました。
それだけを聞くとどうしても私には営利目的というよりも趣味の延長に思えて仕方がありません。
それとも彼には彼特有の考えがあるのかもしれませんね。

彼は独特の思考回路をお持ちのようですので。



三階は居住スペースになっています。一応知人と、その助手の方が住んでいます。
それでも一部屋空いているようで、よく私にもここに住まないかと勧められます。

実家から通っている身分としては、とてもありがたい話ではあるのですが、あまり知人に頼り過ぎるのもどうかと思い断り続けています。

まぁ知人も親切心というよりは炊事洗濯を文句言わずやってくれる家政婦を手元に置いておきたいという魂胆があるに違いないので、どっちもどっちでしょうけれど。


彼には優秀な助手がいらっしゃるにはいらっしゃるんですが、少し不器用さんなために中々家事に着手出来ないようです。
その分とてもまじめな方なので、あれやこれや我が儘し放題な知人のしでかした行いの尻拭いに、日々追われているのではないかと危惧しています。



そういえばもう一人いました。
探偵業とはまったく関係なく、かつ知人にもあまり友好的でないのに何故だか住み着いている自称教師の方です。


いつの間にかいらしたので詳しくは存じ上げませんが、どうやら彼もまた独特の感性がため万人に認められず学校教師を辞めざるを得なかったそうです。
ちょうどそんな時期に、知人から声を掛けられて住み着くに至ったようです。
いずれ学校教師に返り咲くことを夢見て現在は学習塾の講師をされています。

よくコーヒー片手に熱く語っていかれますが、私としてはその前にまず自身のお住まいをお探しになることをお勧めいたします。


自分は関係ないとよく豪語してらっしゃいますが、先生という職柄からかよくよく私どものことを気にかけて下さり道徳を説いて下さるので重宝しております。






そして喫茶店では、恐れ多くも私が店長を務めさせていただいております。


店員はバイトの子が3名。大学生の女の子が2人に高校生の男の子1人。後は助手の方が時々手伝いに来てくださいます。
少し人手が足りないところですが、こればかりは経営のこともあり私がなんとかするしかありません。


ちなみに知人が手伝いに来てくれたことは一度としてありません。

といっても、あの人どうしようもなく無精で、興味のないことはまったく使い物にならないのでかまいませんが。
聞くところによれば、寝泊りもそのまま事務所の方で済ませているとか。そういえばご飯等を持っていくときはいつも事務所の方でしたね。



仕方がありません、そういう人ですから。






知人と出会ったのは先で言った通り大学時代のことでした。

あの頃の私は人生の岐路に戸惑い悩み、情緒不安定気味でしたから多分に迷惑をかけたことでしょう。
そう思えば今もこうして縁あってお付き合いしてもらっているのは不幸中の幸いというものです。

頭が上がらないというのはこういうことを言うのでしょう。
そのためかどうやら私は他よりも知人らに甘くしてしまう傾向にあるようで、それについてはよく助手さんに怒られてしまいます。

どうやら甘やかすから付け上がるそうです。甘やかさなくても十分付け上がり続けているような気がしてなりませんね。



あぁ目くじらを立てながらも甲斐甲斐しく世話をやく助手さんの姿が目に浮かびます。
その横でコーヒー片手に高らかに笑う先生と、お構いなしにふんぞり返って物思いにふける知人も。ふふふ。




私の朝は早く、目が覚めたらまず朝食の準備です。両親は昔から仕事が忙しく家にはめったにいませんが、そのかわり祖父母がおりますので3人分の朝食を用意します。
洗濯機を回すことを忘れずに、簡単に自分の朝食を済ませたらゴミ出しも済ませます。
ゆっくり起きてくる二人を待っていては仕事の時間にとてもじゃありませんが間に合いませんので、大抵は挨拶もなく家を出てしまいます。

朝にあまり強くない性質なので慌ただしく出てきてしまうことも度々、と言わずほとんどそうです。やり残したことは祖母に頼むかもしくはお昼に一度戻ってきて済ませるようにしています。



お店の鍵は基本私が開けるしかないので遅刻は厳禁です。
モーニングの支度を整えてコーヒー豆を準備しているとチリンチリンとドアの鈴の音がしました。

今はまだ開店前です。しかし、これはいつものことなので慌てたりはしません。
寧ろ当人は他のお客様に迷惑がかからないように営業時間外に来てくれているようです。


昔からそういう気のまわるところが彼の良いところであって、残念ながら不憫なところです。
所謂仲間内でそういう立ち位置にいる彼も、大学時代の知人で自称探偵とは幼馴染の間柄です。



もうそれだけで不憫に思います。





彼は一般企業に勤めておりほぼ毎朝挨拶がてらここで朝食を済ませていきます。
彼こそ3階に住めばどうかと勧めたこともありましたが、就寝するときぐらいは幼馴染から解放されたいのだと切実におっしゃっていたので、そうなのだと思います。

不憫な方ですが、彼の人柄を私はとても気に入っています。



そうそうもう一人仲良くしている方がいらっしゃるのですが、さる方の紹介はまたの機会にしておきます。彼を語るには彼が登場してからの方がわかりやすいと思いますので。
えぇとてもわかりやすいと思います。







そんな環境にめぐまれ立地も申し分ないここで日々緩やかに過ごしてまいりました。

時折知人隣人が起こす珍道中に巻き込まれはしますが、それも些細なこと。

私なりに楽しくやっております。


さぁ今日もいつもと同じ変わらぬ日々が始まります。
不憫な知人と談笑した後、寝坊助な上階の知人の世話を焼き、お客様と他愛のない話に花を咲かせ、祖父母の待つ家へと帰宅する。

平凡な私のささやかな幸せの日々が今日もやってきた、と。




( そう思っていたんです、運命の彼と出会ってしまうまでは……)



これは私、雨宮と彼の最高に幸せな日々を綴った物語。
 
はじまりはじまり。







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