前置き ・お酒+トイレ=危険な香り ・店長がおじさんに骨抜きにされる話 ・…まだ店長が一般人
あぁ、これこそ運命
「おっはよーございまーす。」
今日も元気な挨拶と共にバイトに来てくれたのは、まだ制服を身にまとっている高校生の男の子。
「おはようございます。」
つられてつい普段よりも大きめな声で挨拶を返すと笑顔を返してくれる。
学校が終わってからの夕方から来てくれる彼は当店の元気印だ。 いつもならこのまま彼は一度奥に引っ込み、身なりを整えてからフロアを手伝ってもらうことになるのだが、その彼を呼び止めた。
「来て早々申し訳ないのですが、頼みたいことがあるんです。」
そう言うと、彼は珍しくも目を白黒させ「何かあったんですか?」と聞き返してくる。
あぁ違うんです。事件とかそういうことではなくてですね、だからそんな心配そうな顔をしないでください。 いえまぁ困っているには違いないのですが。
「実は新人の世話を頼みたいんです。」
(雨宮side)
昨日、新しい従業員を雇った。
元々人手が足りていないことは自負していたものの、この間己だけでキッチンを切り盛りしていた際に急遽フロアからヘルプの声が掛かるも、結局持ち場を離れられなかった事があった。 どうにも手が回らなくなる時もあるのだと、今までの経営の甘さを悟った。
ではすぐに求人を募れば万事解決かというと、そう簡単な問題でもなく。 こんなビル内の小さな個人営業の喫茶店で働きたいと申し出る人間はそうそういない。 大きく公募するにも資金がかかり、口コミと現従業員のコネに頼るしかないなと思っていた矢先のことでした。 彼が現れたのは。
「えっもしかして新しい子見つかったんですか〜?それは良かったですね!」
跳ねんばかりに喜んでくれるバイト君に思わず頬も緩むが、雇うまでに至った経緯を思うとそれほど喜ばしいことでもない。
「どんな人なんですか?」
キョロキョロと辺りを見渡してその人物を確かめようとしているところ悪いのですが、今ここにはいませんよ残念ながら。
「どんな、方かと言いますと………、先日リストラにあった中高年の方です。」
「……は?」
「しかも奥さんに逃げられ、住むとこもなくしてしまったバツイチ子持ちなおじさんです。」
ある意味スペックはすごいですよね、と冗談まじりに言ってみれば、バイト君が一言「そんなにこの店って切羽詰まってたんですね…」と泣きそうになっていた。
違うんです。誤解ですよそんな予定ではなかったんです。 私だって本当なら若い元気な働き者を雇い、あわよくばフロアを一任出来るような方を採用しようと思っていたんです。もうこの際、家や高校時代の人脈でも使ってしまおうかとまで考えてたんです。 なのに、いつの間にか、雇うことになっていたんですこれが。
言い訳をしたい気持ちをぐっと堪え、とりあえず着替えのためとバイト君を見送った。
どうして雇ったのかなんて私が聞きたい。 いまどき住所不定の方を従業員として雇うなんて店長失格もいいところ。
いえまぁ住所はすぐに決まりましたけどね、つい先ほど。
ハハハッとカラ笑いしていると店の奥の従業員専用階段(ビルの外と内に階段が設けられている)から当事者はあらわれた。
「あの…、戻りましたけど。」
遠慮がちに声を掛けてきた彼は、あらびっくりそこにいたのは大層なイケメンでした。
「ご苦労様です、どうでした新しい部屋は。」
「一人暮らしにはもったいないぐらいで、荷物はさほどなかったもんだからすぐ片付きました。」
「それは良かったです。元のお住まいからしてみれば物足りなさもあるかもしれませんが…」
「いえそんな…寧ろここまでお世話になってしまって本当にいいものかと……」
客観的にみれば、少々他人行儀であってもなごやかな雰囲気に見えるのかもしれない。 しかしそれは見事なまでのうわべだけの話であって、おそらく互いが互いに手探りとでも言いいますか今のこの状況に戸惑いが募るばかり。
「あっれ〜テンチョー、もしかしてこの人ですか?新人君って。」
そこにきちっと着替えたバイト君が戻ってきた。
ちなみに当店の制服は指定のエプロンさえ身に着けてくれれば基本は個人の判断に任せている。 ときどきこのバイト君が奇抜なシャツを着てきたり、女性陣の一人がメイド風になることもあるが許容範囲であれば許している。
というか今一瞬、新人君と指さされた際に彼の片眉がピクリと動いたのを見てしまった。元一流商社で働いていた彼にとってはあまりいい気分はしないらしい、当然のことでしょうが。
「はいそうですよ。」
有無を言わせないとはこの事か、やんわりと彼を前に押し出す。
でもね、そんなことを言ってる場合ではないでしょう貴方は。
「…はじめまして、保(タモツ)といいます。諸事情により本日からこちらで働かせていただくことになりました。」
「…ということですので、仲良くしてあげてくださいね。」
「はいもちろん!よろしくおねがいしまーす。」
元気な返事でよろしい。整えてある頭をやんわり撫でると「子供扱いはんたーい。」と逃げられてしまいました。
「では、今日からしばらくは彼に色々教わってください。」
「…はい。」
「彼はまだ高校生ですがこの店で実は一番の古株なんですよ?学ぶことはたくさんあると思いますし、それに彼はとても元気な良い子ですから、少しでも気分転換になればと思います。」
「…いえそんなお気遣い痛み入ります。」
あ、どうしよう空気が重い。余計なことを言ってしまっただろうか。 そんな空気を振り払うように彼、保さんをバイト君の方に誘導して、自分はキッチンへと引っ込むことにした。
( どうしてこうなった…!? )
そしてため息を一つ、ここでやっとつくことが出来たのだった。
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