続・駄文箱
□生まれ変わりの国。
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「生まれ変わったら、何になりたい?」
学生達の笑いさざめきが台風後のやや荒っぽい小波のような学食で、笛吹はカレーを食べる手を止めた。
大学生にもなろうというのに、「生まれ変わったら」などと話すことは恥ずべき愚かしさだと笛吹は心の中で毒づいた。
買ってもいない宝くじの当選金の使い途を考えるのと同じように馬鹿馬鹿しい。
馬鹿馬鹿しいと思うのと同時に、笛吹は友人のことを思い出していた。
家族を亡くし、忽然と姿を消した友人。
恐らくは復讐の為に血眼になっているのだろう。
笛吹にはそれが分かっているのに、どこかで願わずにはいられない。
彼が復讐の為ではなく、殺された家族の生まれ変わりを探す為に血眼になっていれば良いのに、と。
あれから、
幾ばくかの月日が流れ、笛吹のもとに笹塚が帰ってきた。
笹塚は学生の時と変わらず飄々と振る舞うが、時折ひどく自分を粗末にするような素振りを見せた。
その度に笛吹は上司と部下と言う一線を越えて笹塚を詰らずにはいられなかった。
「笛吹は、生まれ変わりを信じる?」
笛吹はいつものように無茶をした笹塚を叱り飛ばし、勤務時間内では叱り足りずにそのまま笹塚を自宅へ招き入れた。
散々酒を呑み、笛吹の発言が叱責なのか愚痴なのか曖昧になった頃、笹塚がぽつりと呟いた。
「…はあ…?」
笛吹は座っていられずソファに横になったまま、呑み始めた時と変わらない顔色で、俯き勝ちに酒を呑む笹塚へ顔を向けた。
「…下らないな…。生まれ変わりなど、夢見勝ちな宗教の戯言だ…。」
「そうか。」
「…そうだ。」
笹塚はそれ以上、何も言わずに酒杯を傾けた。
笹塚が何を考えているのか、表情の乏しい鎧のような顔から僅かに滲んで感じられた。
笛吹は堪らず、でも、と漏らした。
「そうだったら、良いのに、とは、思う。」
笹塚が微かに笑う気配がした。
「同じだ。」
笛吹の意識は泥に埋もれるように急速に曖昧になりつつあった。
「俺も同じだ。」
笹塚の一言に、笛吹は微笑んだ。
気がした。
「筑紫は、」
「はい。」
「生まれ変わりを信じるか?」
笹塚が死んでから、笛吹はそのことばかり考えている。
何年か前、笛吹自身が笹塚に問われたことだ。
「生まれ変わり、ですか。」
笛吹は不機嫌に頷く。
筑紫はしばらく考え込むように黙った。
「多分、あると思いますよ。そういう事例をいくつか聞いたことがありますから。」
警察官である自分が非科学的で滑稽ですね、と筑紫は苦笑をもらす。
生まれ変わるまでの間には準備期間のようなものがあって、死んだからとすぐ生まれ変われる訳ではないと何かの文献で読んだ。
いつか彼がまた生まれてくる時は、次も自分に近しい存在として生まれてくればいいのに、と笛吹は思う。
どんな形でもいい、人じゃなくてもいい。
今度こそ彼を幸せにするのだ。
他の誰かじゃなく、自分が彼の幸せを、彼自身を守るのだ。
筑紫が今日のスケジュールを読み上げているが、笛吹の耳には遥か遠くの小波のようにしか聞こえなかった。
20090713