駄文箱
□砂糖菓子みたく
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「アパートを追い出されただぁ!?」
執務室の一角に設けられた小さな給湯スペースで紅茶を入れていた筑紫は手を止めた。
振り向くと、ヒグチに掴み掛からんばかりに机の上に乗り出した上司の姿。
「笛吹さん、紅茶がはいりましたよ。」
「ん…すまないな…。」
笛吹は我に還って、乱れた前髪を払うと椅子にきちんと座り直した。
角砂糖を3つ沈め、いつもより多目にミルクをいれる。
「3つは多いんじゃない?糖尿って、健康診断で言われちゃうよ。」
笛吹は気にせずティーカップに口をつけた。
「ヒグチは何か飲みますか。」
「コーラ。」
「そんなものはないっ。」
ばんっと机を叩いてヒグチを黙らせると、笛吹は再び紅茶に集中しはじめた。
「で…?」
「ん?」
ヒグチは席を立ち、筑紫の隣にやってくると、小さな冷蔵庫の中を覗いて、本当にコーラがないことを確かめた。
「アパートを追い出されて、お前はどうするつもりだ?」
「え?だから相談に来たんじゃん。床抜けたのの弁償で貯金がなくなっちゃったから、しばらく笛吹さんとこ置いてよ。」
今日この時間だけで何回目になるか、
笛吹は再度、机をばーんっと盛大に叩いた。
「ふざけるなあぁっっ!!!」
今度こそ、
ティーカップが引っくり返って、机上がミルクティーの海になった。
「何もさぁ、あそこまでどなることないと思わない?」
管理職会議に出席する為、笛吹の出ていった執務室でヒグチは自販機で買ってきたコーラをちびちび飲みながら筑紫を見上げた。
「ヒグチが心配だから、怒鳴ったり怒ったりするんですよ。本当に嫌いで、どうでもよかったら、あんな風に全力で怒ったりしない。」
ヒグチは少し浮上したらしく、そっかなぁ八つ当たりみたいに思うけど…と、明るく言った。
管理職会議を終えた笛吹が執務室に戻ってきたのは、夜半になってからだった。
「何だ、まだいたのか。」
筑紫が残っているのはいつものことだが、ヒグチもまだ執務室にいた。
「言っとくけど、ちゃんと仕事してたからね。」
ヒグチは手元のノートPCをこつこつとさした。
「帰るぞ。」
鞄を手に、笛吹はさっさと歩きだした。
それに従う筑紫を見ながら、ヒグチはいつかの置き去りにされた記憶を思い出す。
「ぼさっとするな。愚図は家にあげないぞ。」
「えっ」
振り向かないまま、笛吹は行ってしまう。
驚いて筑紫を見上げると、それとは分からないくらい微かに筑紫が笑った。
筑紫の運転する車に乗って15分。
ついたのは、庁舎の近くの独身寮だった。
「明日はヒグチもいるから迎えはいらん。」
「そうですか?」
運転席から外に立つ笛吹を見上げ、筑紫がわずかに心配そうな顔をした。
「………わかった。じゃあ8時に。」
走り去る車を見送って、官舎のエントランスに入る。
「過保護だね。」
エレベーターが来るのを待ちながら、ヒグチは茶化す。
「私がいなかったら回らない事件がいくつもある。私に万が一のことがないように気を配るのは私個人の為じゃなく、組織のためだ。」
「ふぅん…。」
きっぱりと言い切る笛吹は、子供みたいな容姿や声とは裏腹に、凛と強い大人の顔をしていた。
笛吹の部屋は散らかす暇もないというのもあるのだろうが、きちんと片付いていた。
「ひと部屋、物置になってるからそこを使え。」
与えられた部屋は4畳半のフローリングで、荷物は段ボールが2、3積んであるだけだった。
「掃除機をかけたいならそこのクローゼットに…」
と、笛吹が説明している間にヒグチの腹が盛大になった。
ヒグチは慌てて腹を押さえたが、押さえたところでどうしようもなかった。
「すごい音だな。」
笛吹が珍しく、ふわりと笑った。
「夕食を先にするか。出前をとるが、何がいい。」
リビングのソファに座り、笛吹はばさっとピザや中華のデリバリーのチラシを広げた。
「笛吹さん、作ってよ」
その隣にちょこんと腰かけて、甘えてみた。
「は…?」
「だから、笛吹さんが作ったご飯が食べたい。」
笛吹はキョトンとして、ヒグチを見つめた。
「出前の方が早いし美味いぞ?ここのピザ屋は石窯で…」
「誰かが作ってくれたご飯、俺あんまり食べたことない。デリバリーは自分でも頼めるし…」
「料理は出来なくはないが、そもそも材料が…」
自分も疲れているはずなのに、