「体制を崩してまで、痛みを負ってまで、私を庇って、しかもまるでお腹に衝撃を与えないようにして……私が一人だけの身体じゃないから? ねえ?」 「なっ……」 「もうすぐ亡くなる命にそこまでする必要ないのよ? なのに、神田は……今、何をした?」 そう言って彼の胸に左手を当て、服をぎゅうっと力強く握りしめた。その手は震えていた。彼の腕の中の彼女はまるで怯えた子供のようである。けれど彼女は涙を流さず、ただもう片方の手で惜しみそうにお腹をおさえている。 彼はやっと気付いた。彼女が本当に無茶をしてまでも赤子を産むつもりはないのだということ。彼女は今ある選択肢の先に何があるか、物事の中枢をわかっていた。 今までの発言全部が彼女の本心であることに違いはない。だが、強がって見栄をはるようなことをしてまでも、確かめたいことが彼女にはあった。 「神田だって本当は同じことを望んでいるんでしょう?」 その声は震えていた。彼女には筒抜けである。 「仕方ないとか、どうしようもないとか、そんな言葉が聞きたいんじゃない。神田の気持ちを教えて」 彼女はただ気持ちだけを知りたがっている。 身籠ったことを伝えられた時の彼の表情はなんとも言い難いものだった。ばつが悪そうにはにかむ彼女に対して、彼はただ硬直していた。この事実が発覚してからまだ日は浅いけれど、彼の口から未だに彼女の求めている言葉が出てこないままであった。 声を荒々しく上げる彼女に彼はしかめた表情を見せ、目を側める。彼女を直視出来なかった。 「どうして自分の本当の気持ちを伝えてくれないの?」 彼だって彼女と同じく、口と腹とは違う。本心から彼女の背中を押したい。そして自分も押してもらいたい―――でも彼女の前でそれを示そうとしない。 「この子を産んでほ……んぐっ」 彼女がそう言いかけたと同時に、噛み付くようにして彼女の口を塞いだ。先ほどのこともあって、彼女の口内はなんともいえない酸味が広がっていた。しかし、そんなこともお構いなしに長く長く呼吸を奪う。 荒く離すと、彼女はぐったりと彼にもたれかかった。今の彼女の体調にそぐわない行為をした。そうまでしてでも言葉の続きを、彼は聞きたくなかったからだ。 「それ以上言うな」 こんなことしかできなくて、こんな言葉しか出てこないのである。ただ一言そう呟いて、彼はそのまま彼女を抱き上げた。すぐそばのベッドに彼女を腰かけさせて、彼も左手で彼女の肩を抱いたまま一緒に腰かけた。彼女は今にも泣きそうな顔で目を伏せた。かたや、彼は寡黙を続けた。 |