「……それなら」 そう言い淀めて、彼女は目を据えて彼に向って言い放つ。 「教団を出ていってまでも、独りになってでも、何がなんでも……産む」 「……正気か?」 彼の声のトーンが一段と低くなった。彼女は一瞬、怯みを見せた。 「ハッ、半端な覚悟だな」 「半端なんかじゃない! きっとなんとかなる……いや、してみせる」 「ならねえよ!」 彼は荒げた大声でそう返した。立場がどうこう以前に、感情がそう奮い立たせた。彼女らしいと言えばそれまで。芯の強い彼女ならば、きっとその逆境を越えられるだろう。だけど彼女はそんなことをするための存在ではない。 彼はそのまま強引に彼女の腕を掴もうとした。このままだと彼女は堅い誓いを捨ててまでも、本当にここを脱走をしかねない。そう判断したからだった。だが、まだ身の軽い彼女はそれをいとも簡単に避けた。 ―――その時だった。 綺麗に磨かれた医務室の床の上で、彼女は避けるのに力を入れすぎて身体のバランスを崩した。 スローモーションだった。 足を滑らせた、身体が下に傾いた、彼女の目の色が変わった……ひとつひとつの動作がくっきりと目に見える。だけどそれはほんの一瞬のことに変わりはなかった。考えるよりも先に彼の身体が反応していた。どうやって?なんて覚えているはずない。一秒前の過去など、どうでも良かった。 結果はうつ伏せに倒れそうになった彼女と床の間に彼が挟まる形で彼女を抱きとめていた。 チッ、と舌打ちをこぼす。彼の背中に微かな痛みが走った。でも彼はそんなこともどうでも良かった。そしてゆっくりと起き上がり、彼女を左腕で抱き支えた。おい、と彼は彼女に安否を尋ねた。だが俯いたままで返事は返ってこなかった。今のが……と脳裏で思考を働かせたその時、彼女は低く小さな声を発した。 「どうして……今、助けたの……?」 顔をパッと上げ、射るが如き炯眼を彼に向けた。その瞳はかすかに揺れていた。 |