レツゴ文

□遠くて近きもの
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「………おい、………おい、ジョー。」
「えっ?…………あ、私!? 」


急に名前を呼ばれた感覚に陥って、思わず素頓狂な声を上げてしまった。

先ほどまで、本に向けられていたブレットの視線が“今”は私を見ていた。
私も彼に目を合わせた。
……と言ってもバイザーを着けているからその中の瞳は見えないけど。




「この部屋に俺とお前以外の人間はいないよ。」



という笑いにも似た言葉が放たれた。



こんな時でも、いつもと何ら変わらない、すぐ隣から聞こえた声。
その低く響く声音はどことなく安堵をもたらしてくれて、やっぱりどことなく心地良さを覚えていた。
それと同時に、私はあんなどうしようもないことを、しかも当の本人がすぐ横にいるのにも関わらず、真剣に考え込んでいたみたいで、それでも取り巻くものは消えなかった。






「急に話さなくなったと思ったら、ぼんやりしてて、どうしかした? 」



らしくないな、と口角を上げて、ブレットはすましたような笑みを浮かべる。
バイザーで覆い隠されていても、笑っているのは感じ取れた。




「うん、考え事……してた。」




そして思考を巡らすよりも先に口が先に動いていた。










「ブレットの視線の先に私は映っているのかな…、って。」






言ってしまった。
別に解答を急ぐ必要はないのに、自分が今抱えている気持ちをどうにかしたいという思いが強く、自分自身を焦らしてしまう結果となった。
自分の首を自分で絞めてしまったような気持ちが、じわじわと自身を襲った。



かたや、彼の反応はなかった。
というよりも俄の間、無言だった。
予想外と言おうか、思った通りだと言うべきか。
でもすぐにその閉じられていた口から言葉が漏れる。






「もしかして、それを聞くために俺の部屋に来たのか? 」
「いや、そういうわけじゃ、ない……。」
「………いつから? 」
「今、本当に今、頭の中で駆け巡っ、たの……」



語尾が小さくなる。
ぽつり、ぽつりと言うのが精一杯だった。



「……じゃあ、そんな風に考える根拠は? 」
「…? 」
「何かに突っ掛かっているんだろ? それを教えて。」



ブレットの手にある本は読みかけのまま、開きっ放しだった。
そして平然としていた。


今すぐにでも自分の抱えているものが、口から出てくる勢いだったが、私は躊躇った。




「でも、本当にくだらないことだよ? 」
「うん。」
「聞いて呆れることかもしれないよ? 」
「うん。」
「ブレットに……失礼かもしれない。」
「それでも、良いから。」




一つ一つの返事は素っ気ないものなのに、しっかりとした重みがあった。
だけど、と彼は続ける。



「ジョーがそんなに嫌がるなら無理して俺は聞かないけど。」





と再び、ブレットは読みかけの本に目を落とした。













少しの罪悪感と、対象は何かわからない、後ろめたい気持ちを抱くことになった。
そして決心を固めるかのように、私はゆっくりと口を開いた。




「あ、あのね。」
「……。」




返事はない。
ブレットの視線は依然として本にあった。
 
 
 
 
 
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