レツゴ文
□行き合いの空
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「でも俺はこの気候、嫌いじゃない。」
さっきまでのもどかしとした気持ちはなくなり、話を切り返すようにリョウの放った言葉に、一瞬「えっ?」とジョーは表情に出した。
そしてそれと同時にたったその一言にに興味を抱いた。
「なんで?」
こんな中途半端な天気のどこが?と非難したが、ただ知りたいという純粋な気持ちと小さな好奇心が彼に向けた、澄んだ青い瞳に込められていた。
「別に深い意味はない。」
その透き通った色を見つめ、そして彼の眼差しは天を仰ぐかのように、上空に向けられた。
「あれは俺が小さい頃だったな、」
少し長くなるが…、と付け足し話し始めた。視線は空に向けたままで。
ジョーはその横顔をじっと見つめ、耳を立てた。
あれは俺が小さかった頃。
ちょうど今のような季節だった。
その日一日は夜までむし暑く、次の日の温度なんて気にせず、薄着で床についた。
その翌朝、
「ヘ…、ヘクシュッ!!」
「アッハハ!朝から何回くしゃみしてんだ?」
「………寒い。」
昨日の暑さは何処に消えたのか、というくらいにその日の朝に吹く山風は冷え込んでいた。
「山中に住んでるやつが天気も読めないでどうすんだ。」
ともう一度親父に嘲笑された。
ガキだった俺は、暑かったり寒かったりの滅茶苦茶な天気に、どうしようもないと知りながらも、ふてくされた。
「こんなんじゃ、夏か秋かなんて区別つかないじゃんか。」
怒りにも似たその気持ち。
俺がボソッと吐いた言葉に、親父はさっきと違う笑いを見せた。
「なぁ、リョウ知ってるか?」
「……ん?」
親父は目線を俺に合わせるようにしゃがみ込んで、こう言ってきた。
「今、夏と秋が…………本気で闘ってるんだぞ。」
「…………はあ!?」
この言葉は今でも強く記憶に根付いている。
この時の俺は一瞬親父が何を言ってるのかわからなくて、でも言葉の通りだと知ったと同時に思わず頓狂声を上げた。
今だから言えるが、一瞬親父が本気で心配になった。
「何言ってるんだ親父「空…………見てみろ。」
俺の言葉を遮って、親父は人差し指を空に向けて、見上げるように催促した。
そこには朝の空がただただ青く、雲は何かを連想させるような模様を象りただただ広がっていた。
いつも見る空と何ら変わらない。
俺には意味がわからず、それが顔に出ていたのか、親父はさらに続けた。
「肉眼じゃ見えないけどな………あの遥か上空では、二つの風が入り交じっているんだよ。」
「風…?」
「ああ、夏の暑気と秋の涼気がな。」
― つまり俺が言いたいのは今あの空では“夏と秋の季節が同時に存在している”ってことなんだと、親父は言った。
最初俺は特別驚きもしなかったが、妙に納得してしまった。
「二つの風、かぁ…。」
“一つの空に二つの風”
その部分に魅力を感じる何かがあった。その時の小さかった俺に。
そして段々と、親父が言った言葉が胸を奮わせ、純粋な感動が露になった。
「凄い…!」
二つの季節が今この“時”に同時に存在している
風はそれに応えるかのように吹いている…
さっきのちっぽけな怒りなんかとっくに消えていて、自然の織り成す現象に心奪われたような、そんな感じだった。
そんな俺とは対照的に、親父はどこか悲しそうな目付きをしていたのを覚えている。
そして呟くようにこう吐いた。“勝敗なんか、最初っから決まっている”
「親父?」
「夏の次は秋、秋の次は冬……」
「……?」
「……四季の流れは逆らえないんだ。」
「それがどうかしたのか?」
そんなわかりきったことを、何故親父は急に言い出したのか、不思議だった。
「親父…?」
もう一度、改まって声をかけると、今度は顔をほころばせて、今のお前にはまだ理解できないだろうな、と言って俺の頭をぐしゃぐしゃに掻き撫でた。
「うわっ何するんだよ!」
ワッハハ、と豪快な笑いは、いつもの親父だった。
「………まぁ、知らない方が良いのかもな。…だが、自然に対するその気持ちは大切にしろよ!」
「ん……あっ、ああ。」
よし、と言って親父は立ち上がった。
「そろそろ次郎丸を起こしてやれ。朝飯にすんぞ。」
「わかった。」
と言って俺はテントに向かった。
………チラッと親父を振り返って見た時、また空を見上げていた。
別段、気にしなかったが。
「確かにな、ロマンチックな話なんだよな…。」
息子がいなくなって、澄みきった空に向かって独り言を吐いた。
“でもな、”
何かを照らし合わせるように出た言葉、
「この行き合いの空ほど、儚いものはない…。」
― リョウがその場を離れて空を仰ぎながら呟いた言葉を、彼は知らない。
…………もちろん、この言葉の真意さえも。
出会いがあれば別れも来るのだ、と