戯言仮4

□爾的妹妹
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「あら、涼しい」
「これは予想外ですよ、新藤さん」
彼女の城は驚いた事にクーラーが効いていた。どうせ蒸し暑いだろうと右手に団扇を二人は用意していたが、それは意味を成さないらしい。そしてこの城の主が奥の部屋から頭を掻きながらやってきた。やはり全裸である。
「ねぇ寒くないん?」
「あ、いたのか」
そして脇にあったぐしゃくしゃに纏められたタオルケットを羽織ると床を引きずりながら何時もの浴槽に収まる。
「買ったんだよ。兎達がな、伸びちゃったから」
「逆に風邪ひく」
「設定温度は?」
「21度」
新藤はそのまま右手を彼女の頭に振り下ろした。
「あれだよ、ガンガンの冷房の中で布団を被ると相当快適だから。最近発見したんだけど」
「署の温度、何度か買い取って欲しいわ」
団扇で彼女の頭を叩いてたら、腕を捕まれて奪い取られてしまった。そして関係ない鈴木が彼女の反撃を受ける。



お土産で持って来たスターバックスのフラペチーノをこんな寒い中で彼女は啜っている。一緒に買ってきたホットの飲み物を彼らは適当にしゃがんで飲んでいた。唯一の救いであった。
「お前ら、なんでこんなとこでサボるんだよ」
「性欲に男女でばらつきあるって本当なんですか?」
「そのくらいネットで調べろ。というか今まで何人か相手してきたなら解るだろ」
「署内、クーラーぶっ壊れてて軽くサウナなんよ。逃げてきた」
「仕事しろ」
カスカスとフローリングを何か固い物が滑る音がしたと思ったら、兎が二羽、奥からやってきた。
「ほら寒いから逃げてきたんだ。裸族さん」
「違うぞ、腹黒くん。多分餌が無くなったからだ」
彼女は兎達をそっと抱き上げて、浴槽の中に入れる。



「あの、裸族さん」
「何だ?兎触りたいのか?」
「個人的に知りたい事があるんです」
鈴木は飲み終わったカップを洗面台に置き、軽く手を洗った。
「最近の連続殺人、援交の女の子達のあるじゃないですか。あの、被害者リストが欲しいんです。出来れば経歴付きで」
「いいけど、ちょっと高いぞ」
「いいです。本庁はあの品川の件もあって中々ウチの署に情報降ろしてくれないんですよ」
新藤が小さく肩を竦める。所轄の応援の刑事が犯人捕まえてしまって、本庁は未だに横取りされたと思っているらしい。一応、本庁の手柄となっているが。
「でしゃばるから怪我とかするんだ、馬鹿家鴨」
「うっさいのぉ。あれは無かった事に」
彼女はやはりタオルケットを羽織ったまま、また奥の部屋に消える。新藤は浴槽を覗き込み、手を伸ばして黒い兎を持ち上げる。白い兎は置いて行かれたとでも感じたのか。カリカリと浴槽の壁を引っ掻く。鈴木に黒い方を預けると、白い兎を胸に抱く。
「わしの所為ちゃうでしょ。のぉ兎さん」
そしつ鈴木の方を振り返って、尋ねた。お前、妹でもいるのか。と。
「母親が違うんです。歳も結構離れて。で、一年か前くらいに母からいなくなったって聞いて」
「で、ちょっと心配なのね」
「せめて傾向とかが判ればなんとなく安心出来るじゃないですか」
今、何やってんだろ。鈴木は兎の足を取ると大の字に広げさせる。黒兎は嫌がり、足をばたつかせた。ごめんごめん。






「はい、これ資料」
茶封筒に入った資料を彼女は鈴木に渡すと、こっちに来いと手招きし、耳打ちする。
「フラペチーノくれたから良い事教えたげる」
「君の妹は元気さ。心配しなくていい」
彼女はそれを伝えると、鈴木の背中を押して、新藤の方に追いやる。いい加減帰って公務を全うしろという事らしい。



それじゃ、冷房の点け過ぎで風邪になればええな。
サウナで死ね。
日本には団扇という素晴らしい道具があるけ、死なん。
また来ますねー。



彼女のアパートの目の前の路地にこんな貼紙を見つけた。『今日も世界が平和でありますように』。世界は平和じゃないけど、自分の妹が無事にやっていると聞いて、大幅に彼の心はほんの少しだけ救われた気分になる。










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