貰い贈り物1

□唄と世界と色
1ページ/1ページ



君は僕と同じに目も耳も手も足もちゃんとふたつずつあって、歩くことも話すことも笑うことも泣くこともできます。一緒に「楽しい」を共有できるし、「悲しい」も「苦しい」もたくさんわけあっています。君と僕はおなじ歩幅でおなじスピードで歩くことができて、同じ本をよんで感動したり、おなじベッドでいちゃいちゃしたり、とにかくふたりは一緒です。だって僕たちは愛しあっている恋人同士。どちらかひとりが欠けても、成りたたないのです。
つないだ手をぎゅっとしたら、君はにぎりかえしてくれるから、僕もにぎりかえします。そうするとまた君がにぎりかえしてくれるものだから、僕はまたぎゅっとして、君もまたぎゅっとして、ぎゅっ、ぎゅっ、ぎゅっ。ふたりにしかわからない不思議なやりとり。だから僕らは若いカップルのようにたくさん会話をしていなくてもおたがいの愛を感じられるし、じゅうにぶんに楽しい時間をすごせます。
だけどやっぱり君と僕は"僕"と"君"である以上ぜんぶをおなじに感じられるわけではなくて、僕が見た世界を君に見てもらいたいし、君の見る世界を僕は見たいのです。君のひとみにうつるのは僕が想像できる簡単なことばにすればつまりモノクロの世界、なんだと思います。君は空が青いことも雲が白いことも、赤と黄をまぜればだいだい色になって黒と白で灰色になって、僕の髪は黒くてじぶんの髪は少しだけ茶色だということも知っていました。でも知っているだけでした。
僕たちはとてもとても近いところにいるのに、とてもとても近い景色を見ているのに、どうしてもその世界を共有できません。この悲しみはふたり一緒なのに、このもどかしさはふたり一緒なのに。
君が知ってる色は君には見えないのですね。そして僕が知ってる色も本当は見えていないのかもしれません。
この世界には悲しいことがたくさんあります。嬉しいことも楽しいこともあるけど、悲しいことのほうがきっと多いんだと思います。
「悲しい」とか「冷たい」って、色にすればだいたいの人が青だと答えるし、僕もそう思っています。君は空や海が悲しい色だとしたら、この地球はとても悲しみにつつまれているんじゃないかと少し悲しそうに言いました。僕も少し悲しくなりました。
でも、と僕は言います。僕は晴れて青い空より雨やくもりの灰色の空のほうが悲しいし、海だって本当はとうめいだし、見ると幸せになれるという青い蝶だっているんだよ、と。君は少し笑いました。僕はまだ悲しいままでした。
ことばはたくさんの気持ちを伝えられるけど、気持ちはことばにするとときどきひどく薄っぺらいニセモノのように変わってしまいます。僕はそれが悲しいようで、さみしいようで、やきもきしていました。たとえば愛もおなじで、どんなに飾ったことばも空気をかいして君の耳にとどくころには僕の想いははんぶんになっているんじゃないか、と思うわけです。
手をつないだり抱きしめたりキスをしたりして伝わるものはことば以上にいっぱいあるんだろうけど、それでも僕は何かがたりない気がして。
たぶん、それだけが理由じゃないんです。じぶんでもよくわかっていないけど、ぜんぶは共有できなくても、ぜんぶは伝えられなくても、少しでもと思って手をにぎって抱きしめてキスもして、そして僕はうたいます。
いつか君が、僕の唄には色がたくさんあるのだと言いました。ずっと昔からある誰かの曲も、僕がうたうと僕の色になって、君がそれを感じて、またちがう誰かにまでとどくのだそうです。そのとき僕は、そのことばの意味をよくわかっていなかったしかんがえてもいなかったけど、なんだかすごくこそばゆくて、でもうれしくて、本当は今も君がどんな気持ちで言ったのかわからないけど、それから前以上に唄をうたうようになりました。
君だけのためでも、僕だけのためでもないけれど、この世界とは手をつないだり抱きしめたりキスをしたりできないし、たいせつな友達や家族やたくさんの人に気持ちを伝えたりなにかを共有したりするには、僕なんかにできるのはうたうことくらいなんじゃないかって思うのです。それはぜんぶじゃなくても、僕が唄をうたって、誰かが聴いて、その人のこころになにか色を残すことができたなら、僕はその人と世界とつながれるような気がします。もちろん君とも。
君の世界に色は色としてないけど、僕の唄が色が君を笑顔にさせるなら、誰かを笑顔にさせるなら、たとえほんの少しでもいいんです。
僕がうたう理由なんてものは、愛する人のためだとか世界のためだとか、そんなことだけじゃきっとないんです。僕自身もわからない。わからないから、僕はうたいます。べつに答えなんていらないと思います。僕にできることはうたうこと。メールしたり電話したり手をつないだり抱きしめたりキスをしたりセックスをしたりもするけど、それでも僕はうたうのです。


世界



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ