戯言仮

□ニライカナイを見た
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「殺してなんかいない」
「じゃ、何や」
「火葬場教えて」
「…本気で好きになった奴でもおるなら、何で教えてくれなかった。ネタになるやろ」
「後で刺してやる。鍵の御礼だ」




遠い遺族に成り済まし、岡野に付いて来てもらう。看護婦が一礼して出ていく。少しの花が水を奪い合う。彼女は冷たい。
「で、どうするんじゃ」
「火葬までは普通の業者でやってもらう。高橋の方は高くついちまう」
そして別所は彼女の顔を見て、「まるで幽霊だな」と呟くと、一回帰るぞ、と部屋を出ていった。高橋が柩だけ手配してるはず。既にドライアイスはスーパーで購入してきていた。


聞くの忘れたなー。寒い日で、桜もすっかり昨日の雨で散ってしまった。そんな時、心優しき誰かが俺に可愛いらしい文字で俺に手紙を送って来た。封筒には病院の文字。それを見た時、何も思わなかった訳でもないが、やっちまったなと落胆している自分がいる。あの質問をする前に、彼女はいってしまった。惜しい事をしてしまったな。気になれば気になる程、怠情に続いた手紙のやり取りも、知らない誰かからの物で終了したのだ。
そこで、或る日の会話を思い出す。

「死んだらね、骨を砕いて、灰と混ぜて、空からふりかけみたいに振り掛けて欲しい。ニライカナイに流れていくの」
「それでいいのか?」
「鍵の御礼はそれで十分」

何時だったかな、晴れていたという事しか覚えていない。





「さよなら、宇宙人」
白い箱に収まった彼女を見下ろし、岡野は後ろの方で、「誰だか知らないけど、さようなら」と小さく手を合わせる。何時の間にか二つに増えていたあのキーホルダーが付いている鍵は彼女の手に添えられていた。
広く何も無い炉前ホールには別所と岡野と斎場スタッフの三人。スイッチをスタッフが押せば、中は燃やされ始める。何処で待たれますかと問われ、二人は廊下で待つ事にした。この辺は外に出たとしてもあるのは重化学工場の煙突だけ。廊下からもそれは見る事が出来るのだが、煙突から出る煙はまるで空を覆っている雲の製造工場のよう。どんどん暗く重くなっていく。
高橋に借りたスーツが全体的に着慣れてないため、窮屈に感じるらしく、別所は乱暴にネクタイを外した。運河が波を起てられている。ガラスに雨粒が叩きつけられる。雨が降って来た。

「さむっ」



真っさらに消えていたキーホルダーを見て、スタッフは焦っていた。それを横目に岡野がどんどん骨壷に骨を納めていく。別所は腕を組みながら壁に寄り掛かっていた。先程よりネクタイは緩めに締められている。
雨は止んでいない。紙袋に壷を入れ、透明傘をさしながら、岡野の乗ってきた車のみが置いてある広い駐車場を歩く。水は跳ね返り、彼等の足元を濡らしていった。

「さむ、もう春よね?」
「煩い、余計に寒くなる。暑いって言えよ」



それからというもの、別所は暇さえあれば骨を粉にする作業を自力で行っている。高橋が強力なフードプロセッサーを貸してやろうかと言っても、拒否し、岡野から解体キットの槌等を借り、ある程度細かくしたら擦り鉢で擦るという事を延々としていた。
「嫌だよ、フードプロセッサー。なんかフードプロセッサーが壊れそうじゃん。てか壊したら怒るでしょ、高橋」
「…まぁ、金は奪い取る」
作業に飽き、テレビを点けるとニライカナイの話。琉球神道に沿い、沖縄を旅するという主旨の番組がやっていた。海の彼方にある南の人の楽土。関係ない、と直ぐにチャンネルを変えた。









「死体はもう一体あるから。そこ曲がった所。俺帰る」
岡野に処理を任せると、別所は高橋と共に新木場に向かう。屋上まで上がると、この前とは打って変わって生温い風が二人を出迎えた。別所はフェンスに肩から上が出るまで攀じ登り、袋から白い灰が入ったビニール袋を出す。片手に持ち、振り掛けるように地に灰を落としていく。月の光が妙に明るく、落ちていく灰を照らしていた。まるで白百合。風が強く吹いた一瞬、彼は袋を逆さまにする。全ての灰が海へ流れていくのを見届けると、フェンスから離れた。高橋が炭酸のジュースが入ったペットボトルを投げて渡してくれる。ろくでもない世界に百合が舞った。

彼女が何時死んだのか、聞きそびれた。彼女は死を迎えるのが何回目なのか、聞きそびれた。彼女が幽霊でも宇宙人でもどうでもいいが、あの女に言われた事が引っ掛かり続けている。どうせ一週間後の俺は忘れているのかも知れないが。



うみのはてにある、にらいかない。





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