戯言仮

□刈り取るニリンソウ
1ページ/1ページ




最近、窓の外を見るようになった。正確に言うと、別所が外を見るのだが。まだ準備時間だと言うのに"俺"は調味料等で汚れている出窓の目の前に椅子を持ってきては肘を付き、煙草を吸いながら午後を見るのであった。俺が彼にどうかしてると訴えたら、やはり彼自身もおかしいと理解しているらしく、否定する事はない。
時折見掛ける彼女に彼は特別な感情を抱いている。それは俺もわかる。だけど、その感情を押しやる先がどうしても見つけられないらしい。彼が見つけられないという事は則ち俺も見付けられないという事。俺は彼を否定する事はないから、大人しく彼に付き合う。

ハラさんが酒運んどけ、じゃってさ。
聞いてた。だけど立ち上がる気力がない。もうちょっと。
…わかっとる。

最近、何故だか妙に疲れやすい。結局寝る時はほんの数分で落ちていた。俺は夢を見る事はないが、彼は夢を見ている。今まで一緒だったモノが彼だけのモノになっていく。記憶は共有してるから、一体彼がどんな内容の夢を見ているかは再生出来るが、認識した覚えはない。その感覚が捻れているようで気持ちが悪かった。

まるで、彼に気を使っているような。


「結局、新藤くんの予想当たったよ!!一万買ったら五十倍だからね。最後で抜くとは流石のおっちゃんでも思わなかったなぁ」
「何と無くだ。ほい、枝豆」
「おじさんは大人しく豆でもかじってろってか!いやー、新藤くん、クールだねぇ」
「うるせぇ、ビール頭からかけるぞ」
夕方から煩い少し太った中年男の脇を通り、別の客の机にジョッキを出しに行く。ふと窓を覗くと夕闇に落ちていく街と、彼の求める彼女が、小さな一輪のタンポポを片手に持ち、歩いているのを見た。視線が合う。笑う彼女と止まる"俺"。滑稽。外側に出てる別所が揺らぐのを感じて、俺が前に出る。酷く重いのが帰って来た。さて、あのおっちゃんの相手にならなければならないのか。






雨の日、傘が壊れてしまい、春だというのに濡れて帰るには痛いぐらいの雨粒に嫌気がさす。冷たい、じゃなくて、痛い。手の甲が赤くなっていた。『今日の雨は濡れると風邪をひいてしまいます』朝、天気予報士が言っていた言葉を思い出し、自然と歩く足が速くなっていく。
商店街から一本外れた道に怪しげな宗教団体の会館がある。家に帰るにはその道は近道のため、早く帰りたい時はそこを使うのだが、今日その前を通ると、三十人弱の人がずらずらとその会館へ入っていくのを見た。哀れ、というか、絶対にちゃんとした団体ではないはずなのに、弱さに付け込まれた人間があんなにいると思うと、可哀相にと思う反面、優越感に浸っている自分がいた。こいつら馬鹿だ。そんな事はないって判っているのに、彼らにとって入信していない奴の方が馬鹿なのかもしれないのに。
その中で、俺と同じ傘をさしていない女性を見つけた。高いヒールにトレンチコートを着た女性はびしょ濡れのまま、その列に加わり、やがて会館の内部へと進んでいく。

誰が騙されるかわからんもんじゃな。
此処って中々ヤバイ噂あるじゃん。すげーよな。こんなん信じるんだよ。マルチ商法に引っ掛かるのと同じだ。
綺麗な人までも、信者にさせるその教典には一体何が書いてある事やら。

身体が自然と犬のように震えた。これはヤバイ、風邪をひくと感じ、走ってそこを後にする。顔に当たる水が痛い。ジーンズが水を吸い、とても走りにくかった。





思い人とは時折、前から擦れ違ったりする。この辺りにいる人間は限られているし、彼女は一日一回は必ず商店街を通った。

俺が向きたくない、と彼は解っている。彼は他人の思考によって身体が制御される恐怖を知ってるし、何より優しい"人"であった。確かに俺は主人格であり、彼は副人格である。でも俺としては同等でありたいと何時も願っている。完全なる俺のエゴに他ならない。それと同時に俺は彼と常に同じでありたい。つまり依存しているのだった。
嗚呼、遠慮してる。彼が前に出ていても、彼は自然に目に入らない限り、彼女を追う事はない。俺も決して彼女が嫌いなわけではない。唯、彼がどんどん離れていくようで、それが悲しい、淋しい、嫌だ、嫌だ。そこで初めて依存の恐ろしさを覚える。

晴一、解ってるよ。
わしも解っとるつもりじゃ。


俺の中に彼が生まれた理由さえ思い出せないのに。





[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ