戯言仮4

□メルティングアリエン
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ヒトのせいとしは中々不思議なものである。雨上がりのさほど晴れていない或る朝、人が死んで人が生まれた。帝王切開という名の手術、局所麻酔ではなく、医者ではない僕には詳しい事は解らないが取り敢えず、彼女は眠りについた。彼女にとって『起きる事』は既に存在していなかったらしい。彼女の中にいた命は生まれた。宇宙人みたいだ、と僕が呟いても、谺したのも僕の声。つまり、僕と宇宙人しかいないこの空間に彼女はいなかった。霊安室の端にしゃがみ込んで泣いてみたが彼女は起き上がらない。それこそ彼女が宇宙人だ。

彼女のMP3を聞いてみる。イヤフォンが壊れていて、流行りの曲がぶつ切りにしか聞こえず、不快感を脳が示した後、外に投げ捨てた。近所の人が届けてくれた。熔けてしまった。

僕は宇宙人を抱いたまま家に帰る事にした。乗ったタクシーの運転手におめでとうございますと言われる。車内から見た渋谷は音がなく不気味な程であった。宇宙人は大きな声で叫ぶ。

何と無く、この宇宙人は彼女に似ている。殆ど同じDNA構造を持つため、それも当たり前であるが、似ていた。しかし僕はそれを受け入れられないでいた。宇宙人と彼女を同一視できない。端的に言うと自分の子供を愛せないでいた。宇宙人は彼女の命を奪ってしまっている。楽観的に考えれば宇宙人は彼女の生まれ変わりであろうが、まず、自分が小さな小さな受精卵から出来たという事が信じられず、人間自体を否定したくなる。

彼女のお気に入りのバッグは中が禿げかかっていて、触り心地に不快感を脳が示した後、運河に投げ捨てた。海の漂流物の一つとなった。熔け残ってしまった。

夜泣きが酷いので、宇宙人を連れて明け方の外の世界に出た。澄み渡るような濃い水色の世界は夜明けを今か今かと待ち続けている。一年前、熔けていく世界で彼女が言った言葉を思い出し、驚いて胸の中にいる宇宙人を見ると、宇宙人が宇宙と交信していた。小さな小さな手が僕のシャツを掴んだのを見て、僕はもう一度だけ、今度は声をあげて泣いた。涙が止まらなくて無意識に宇宙人を強く強く抱いていた。静かな世界に谺したのは僕の声。彼女は此処にいた。




命のエネルギーは分散も集合もせず、唯同じ形で普遍的にそこに在り続ける。






(〜20110309)


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