戯言仮4

□居候4.5
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風呂に入った。お湯が張られている風呂に入った。同居人が沸かしてくれたらしい。自分がまず入れば良いというのに、あの女性は中々のお人よし。僕を住ませてくれる事も、最初は何か裏があるのではないかと勘繰りをいれたが、特に何もなさそうであった。殆ど初対面の人間に住まわせてほしいと言った僕もおかしいのだろうけど。
僕は暫く動かず、時折冷やされた水が垂れてくる天井を見ていた。拍動が促進されている。血管が収縮している。それを肌で感じざるを得ない原因が、この湯という液体だった。静かに顔を水面に近付けると聞こえる音。遠くのテレビの音、隣の家の誰かが走る音、シャワーの水が落ちる音、僕の心臓の音。僕のこいつがどくんどくん頑張る度に僕の身体は僅かに動き、それが波となって水面を揺らしていた。
仮に、この波が無くなった時、僕は茹蛸の様に死んでいるのだろう。嗚呼と独りでに呟いてみるも心臓は変わらず動いている。僕が此処で死んでいたら、彼女はどんな反応をするだろうか。一応、一ヶ月共同生活はしているから、泣いてくれるだろうか。又は、元々赤の他人だから、救命隊に引き渡して会う事はないのだろうか。その答えは今知らなくてもいい。だから僕は死にたくない。知りたくない。死にたくない。

柄にも無く、自分の拍動の証拠を観察していたら、浴室の扉が突然開いた。見ると、彼女は赤面して何かをごちゃごちゃと言っている。
「あ、何ですか?どうかしました?」
「ま、ま、まだ入ってたんですか?あ、良かった…死んでんじゃないかって心配になっちゃいましたよ、ああよかった。別所さん生きてた、うん」
彼女はふにゃふにゃしながら扉を閉める。また、世界は静寂に包まれた。
否、彼女が笑ってる声が聞こえた。


僕の波はまだ止まって欲しくない。







2010年12月末日〜のtop文から抜粋、加筆。


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