戯言仮

□おなじはなし
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部屋の電気を点けると君はそこにいた。僕はまず、上着を脱ぎ、ハンガーにかけて、手を洗う。水が排水溝に流れ込む音だけが、その部屋を満たしている。タオルで手を拭き、屈んで冷蔵庫からビールの缶とグラスを二つ掴んで、テーブルに置いた。

「何処にいるの」
僕は君に話し掛ける。君は僕とテーブルを挟んだ窓際の席に腰掛けた。
「何をしてるの」
彼女は両手で頬杖をしてはニコニコと笑ってみせる。手を伸ばし、頭を撫でると恥ずかしそうに顔を隠す。まるで小動物のようで僕は更に髪をくしゃくしゃにしたら、腕を叩かれた。
「傍においで」
ゆっくりと立ち上がる君を見ると疲れが吹っ飛んでいくようで。僕の右隣りに腰を降ろした君は不思議そうに僕を見つめ続ける。
「…話をしようよ」
『まず、君から』

口を大きく開けて笑う事もなく、子供を見守る母親のように僕の話に付き合う彼女は綺麗で、ついつい話が何処までも膨らんでしまう。
彼女は僕にいつも同じ話をした。



「何をしてるの」
君は振り返ると右手に持った黒いペンを見せる。手元には白い紙が置いてあり、どうやらそこに何かを書いているみたいだ。僕が少し強引に覗こうとすると、直ぐに机に突っ伏し隠してしまった。
「何処に行くの」
窓の傍に立つ君は顔を歪めて、泣きながら僕を見つめ、そして笑ってくるので、僕は急に怖くなり、君を強く抱きしめる。
「話をしよう」

君は頷いてくれたような気がする。
僕は面白くも何ともない僕の日常を聞いてくれる君が、まるで母親のように感じては泣きそうになる。
僕は彼女にいつも同じ話をした。



夢を見る。君が笑ってる、まるでその一瞬を永遠にした一枚の写真のようなものであった。


さよなら

一人で迎える朝の太陽は、自棄に残酷。いつも同じ話。




(〜20100329、拍手)


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