戯言仮2

□抽象
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貴女は何時も本音を見せなかった。貴女は何時も恐れていた。貴女は何時も独りだった。貴女は何時も私と共にあった。



一ヶ月程連絡が途絶えた頃、私は不意に貴女が気になり、貴女の住み処へと足を進めている。病的なまでに潔癖なその部屋は、明らかに私のような汚い物を寄せ付けない結界を張っている。一番薄汚れているのは貴女なのに、酷く矛盾しているその現実は貴女の心の有り様でもあるのだろうか。手袋をはめ、その部屋に入り込む。青白い照明が妙に冷め切っていた。
貴女には声をかける事でさえ躊躇われる。ソファの上で手を合わせて横になっている様子はさながら死体の様で、ゆっくりと私がその頬に触れると、コンクリート打ちっぱなしの床に座った時と同じく、じわじわと私を冷ましていく。
「おい…」
天使の眠りだった。いや、悪魔と言った方がいいか。蚊のなくような声で発した私の言葉は、きっと貴女には届いていない。魘れているように見えるのは発汗が多量であるからだろう。貴女の長い綺麗な黒髪を分けながら、持って来たタオルで押し当てるように汗を拭いていく。


突然貴女は目を見開いた。充血しており、白目があまり見えない。体を全く動かさず、貴女は言った。
「来てたんだ」
私の胸に※※※するように響いている。嗚呼一ヶ月ぶりに聞いた貴女の声。相も変わらず、真剣なのか笑っているのかがわからない偽りの声。
「何やっとったの」
「毎日毎日、抱かれたり、抱いたりを繰り返してた。今は五人と恋人ごっこ中」
「寝とるのか」
「ほら、今、六日ぶりに一時間十五分寝たじゃん」
へにゃっと貴女は砕けた笑顔を向けると、私の手に視線を落とす。
「手袋してるね、偉い偉いよ、岡野くん」
女の貴女が誰を抱き、誰に抱かれたのか、答えが見つかるはずもない相手に私は嫉妬していた。どんな風に、何時間、道具の有無、行く宛もない自分の詮索に腹が立つ。
「体を……大事にし」
「また説教?もう聞き飽きた。岡野は偽善しか言わない。偽善しか言えない」
貴女はむっくり起き上がり、キッチンへ水を求めに行った。零れ落ちた水が排水溝へ流れ込み、管を伝う音が聞こえる。
そこから貴女は私に向かい、嘲笑うように呟いた。
「岡野くん、私に執着し過ぎ」
素直に頷く事が出来たのなら、どんなに救われただろうか。




(〜20100222、拍手)


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