戯言仮2

□あいつのガム
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それは味気なさすぎるガムを一日中噛んでるのと同じ事なのだ。同等の価値しかないのだ、人生には

そんなことを、散らばる自分の手足と一緒に墜ちながら思う。さっきちらっと見えたのは『快速』という赤い文字と黒く唸る車輪だけなわけで、あとは冬の綺麗な空を真上に。一瞬で右足が巻き込まれ、顔面を車体に強打。そして、塊が過ぎ去った後に残された無惨な私と、2時間前から噛んでいたミントガムが契れた右腕に上手く乗っかった

バラバラになる生きたままの牛達。死ぬ前提で生きているのは人間と変わりはないはずなのに死に方が違っていた。病気の疑いのある牛は潰され、処分。腸が潰されず残っていて、そこで吐き気が襲って来たのを覚えている。生き物の死を気持ち悪いと私は思ったのだ。同じ生き物で死の定めから逃れられないミッドガルドの住人であるのに

どう思考しても私の状態はあの牛と同じだ。感覚・神経が途切れ、真っ青であっただろう空を見るような体勢しか出来ないが、その空から見る私は腹が切れて大腸・小腸が顔を覗かせ、右腕はホームの上に、右足は顔のすぐ隣で鉄臭く匂っていて、顔は眼球がどちらか一個潰れ左耳が弾け飛んでいるのだろう。さっきのガムはどうだろうか。誰かの薄汚い靴に右腕ごと踏まれてその靴の汚れの一つにでもなってくれたか

正直言って、そんなことどうでもよかった。ただ私がミッドガルドの住民ではなくアースガルズに住む神々になりたかっただけだった。ラグナロクで一緒に消滅するならいい。だけど一人でフェンリルに噛み砕かれ死ぬのがいやなのだ

私は生き物で、牛だ。最初から死ぬ運命なんて残酷過ぎる。ああこんなにも神が近いのに、私はいくらたっても人間で牛ですか。神は寝たいときに寝ればいいのでしょう、私は今寝たいのではなく眠いのです。神のせいですか。私に寝ろと要求しているのか。失礼ながら私はアースガルズに住みたい。神がそれを拒むのならニブルヘイムでいい

光は私を包んでいるわけじゃない。世界を包んでいた

神の望み通りに片目をつぶる私に、何かが降ってくる。噛んだあとの汚いガム。頬に落ちたそれを何とか舌で口の中に運び、噛んだ。味はしなかった




私の人生は吐き捨てられた時点で、靴の裏にしか付けなかった







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