戯言仮

□投〜芝浦編〜
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「下から見ると、ただの鉄だね」


自分から連れ出したくせに、何言ってんの

大きい鉄の棒の横から見えるのは、お台場と首都高速11号台場線




〜芝浦編〜





田町駅東口から君が先行して、ずんずん歩いていくもんだから、小走りに手を掴んだ

「なんで、そんな早く行きたいの?」

「なんとなく」



バスはタイヤを回転させながら反対に



仕事帰りのサラリーマン達の群に隙を見つけ、入り込む君と

今から飲み会のOLに正面衝突しハイヒールで押し潰されそうな僕と

東京特有のどんよりとした紫色の雲と



いつの間にか君は信号が変われと願ってる人間達の先頭に立ち、

今にも、車に轢かれてしまいそうな場所に

また腕を掴む

「一緒に行こ」

「……いいよ。そうだね」



花の金曜だからか、どこの飲み屋も満杯

さらさら入る気はないけど



高層マンションがこんなにあったら地震の時どうするんだ

アイランドじゃねぇよ

災害にはヘルと化す、ここの住民はサタンか



ちょっと歩くと、右手に工場が見えた

煙は出してないし、ここの従業員も花金だから焼鳥でも食ってるのか



そして、何か大きな物にぶつかった

すぐそこは海

「投げてやろうか?」

「女の子に僕は投げれないよ」

潮の匂いが、僕の煙草臭さを掻き消した



棒の麓にある看板で、この棒が何かがわかった


レインボーブリッジ



「上から見れば綺麗なのに

下から見ると、ただの鉄だね」

真上には台場を通り抜けて、湾岸に行く車が、橋を揺らしながら走ってる



ずっと海の向こうの光を見ていた君が不意に

「私を見てますか」

黒い水には橋の電飾が乱反射してゆらゆら



「私の何を見ていましたか」

飲み過ぎたオッサンの声も、ゆりかもめの稼動音も

何にも聞こえなかった


最後に君は、僕の方に振り返り

螺旋状に巻いている高速を見て

「私を見てますか」









僕は君によって、世界から投げられてた



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