戯言仮4

□自殺扶助センター1
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僕は特別な事は何も出来ない。田舎の高校でもよく赤点を取り、大学も浪人の末、補欠で合格。東京に出てきても、ますます僕の非力さが露呈されるだけで、唯一、あるバンドの曲を原曲キーで歌える、という程度の事。友人は文章を書く才能があり、それで今飯を食ってるとか。自分と友人を比較して、自分には何にも無いんだと悲観的に世の中を見て、でも合コンに誘われたらホイホイと出ていき、女の子と一夜を共にして捨てられて、慰められて、現実逃避をしようと本を読み出すも、それが自己啓発本で、結局、自分は出来の悪い人間なんだとうなだれる。バイトはついこの間辞めたばかりで、求人のフリーペーパーをめくっている時、妙に待遇の良い仕事を見つけて、電話をするか迷っている所。茹だるような暑さも和らいだ夕方、7月の下旬。赤い赤い太陽に向かって羽ばたく鳥の群れを見て、もしここで線が切れたように世界の終わりが訪れたならいいのにと、一人で感傷に浸る。同時にこの部屋に自分は一人きりなのだという事が酷く恐ろしくなる。誰も、誰も、誰も。みんな、みんな。


「はい。それでは26日、10時に伺わせていただきます。え?名前ですか。はい、岡野です」







面接に指定された場所は、落ち着いた雰囲気のカフェだった。僕がこんな場所に入って良いのだろうか、扉を開けるのに何秒躊躇った事か。そして開けた後も品の良さそうな給仕が僕を席に案内してくれた。その席には既に先方が来ていて、僕を見付けるとにこりと微笑む。彼はスーツを来ていた。クールビズと言っただろうか、ネクタイはしていない。そして彼は鈴木と名乗り、僕は緊張のあまり、物を頼むのを忘れていた。

「アイスコーヒー一つ、」

突然名前を呼ばれて、変な声を出してしまった。彼は少し笑い、そんなに緊張しないでください、と自分のアイスコーヒーをストローで意味も無く掻き混ぜる。彼が取り出したファイルは目に痛い程に赤い。
「サービス業と書いてありましたが、何をする仕事なんでしょうか?」
「擬似恋愛です」
サラリと鈴木はそんな言葉を言ってのけた。擬似恋愛、擬似って付いてるくらいだから、嘘っぱちの恋愛。ホストやキャバクラと同じようなものなのだろうか。
「そんなに固くならないで下さいって。怪しいもんじゃないですから」
「いや、でも、それってホストとかと同じって事ですか?」
確かに鈴木は怪しい人間には見えない。髪を少し黒くすれば、まるで何処かの銀行員にも見えなくない。しかし、そういう優しそう、明るく見える人間こそ、怪しい人間なのだろうか。ああ、全員、恐ろしく見えてきた。
そこで彼が頼んでくれたアイスコーヒーが運ばれてきた。砂糖やミルクはと聞かれ、丁重に断る。
「特殊なんですよ。とにかく私達の仕事は。それ故に内容をああいう求人誌に出す事も出来ませんし。そのくせに需要が最近伸びて来ましてね、人が足りなくなってしまいまして」
また彼は僕に笑った。僕も愛想笑いを返す。僕が出来る数少ない拒否の一つだが、いまいち人には理解されない。
ろくでもない僕みたいな人間に、キリストのように愛を振り撒く事は、今でも思っている。正直、ちょっとだけ逃げようと思った。






「期限付き彼氏です。期限は貴女が死を選ぶまで」





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