戯言仮

□ニ一
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「うっせぇぞババアぁ!!」
「ババアじゃないよ、78歳のお姉さんと御呼び!」
交代してから15分。早速揉めている彼を見て、俺は今日一日は戻る気が失せた。
「だから、あいつらは韓国人だけど、日本に住んでないから在日とは呼ばないの!!意味解る、ババア?」
さっきまでは新藤だったのに、交代しちまうからさぁと奥の俺を覗くように目を合わせてきた。でも、きっと彼女の目には今は別所である正真正銘の俺しか写っていないのであろう。何処を見ても俺達は同じ。





別所が手元の札を見れば、俺も見る。7枚の福沢諭吉が身体に笑いかける。因みに彼がパチンコで負けた事を見た事がない。今日も野口さん一人から福沢さん八人まで増やした。因みに一人は友人に金を返した為、十分前に消えた。
別所の思っている事は解る。折角稼いだから大きな買い物…例えばゲーム機を買いたいとかだろう。でも、そこで俺が止めに入った。給料日前だから此処は堅実に貯めておこう。どうせ一週間で全て失くなってしまうのだから。あくまでこれは俺であり、別所は新藤晴一の一部でしかない。決定権は多分、俺にある。

今日勝ったのは俺のお陰、二万は自由に使わせろよ。
嫌、わしはパチスロ屋のあの音のでかさが苦手なんよ。一週間は行きたかないけ、使わん。
競馬ならいいだろ、もうすぐ重賞あんの忘れたか?
忘れとらん。此処最近毎日来るあのおっちゃんが言っとるし。興味がなくともお前が知っとるし。とにかく、ハーゲンダッツで我慢しろ。
三個ぐらい買ってやる。

前に出ているのは未だに別所。適当に店がある商店街内のコンビニに入り、真っ直ぐアイス売り場に足が向かった。ストロベリーを一番最初に掴み、それからバニラと抹茶を縦に積んで、カップのリゾットも一緒にレジに運ぶ。福沢さんは崩され、八人の野口さんと硬貨に替わってしまうのか。しかしそれを止めない自分もそれを望んでいるのか。自分の癖によくわからない。

冷たいレジ袋をぶら下げながら商店街を突っ切る。午後、という事もあり、多くの主婦が自転車ですれ違う度に事故が起きそうで冷や冷やする。そんな俺を見て、別所は何時も馬鹿にした。他人で一々ビビってたらきりがない。確かにそうだが、こいつに言われると腹が立つ。しかし何故だろう。
花屋は様々な花を広げていて、春の陽気のせいか立ち止まって見ている人も多かった。バイトの男性スタッフが一生懸命に客に花の説明をしているのを横目に店に急ぐ。

今日はわしが出るから別所は寝とけ。
宜しく。

ハラさんは別所が嫌いらしく、何時も喧嘩するので、ギャンブル好きが集まらない日は率先として俺が前に出る。ギャンブル好きには別所の予想は必須情報らしい。何でもよく当たるんだとか。確かに競馬でも競艇でも負けたの見た事ないけど。つまり賭け事に強いのだ、同居人は。
店に裏から入り、厨房にある冷凍庫にハーゲンダッツを袋のまま入れといた。それからお湯を沸かして、先程のカップリゾットに注ぐ。
「ハラさん、お湯借りましたよー」
立ち上がるのが億劫だから、二階に向かって叫んだ。暫くすると「新藤ならいい」と幽霊のように階段を降りて来た。
中で、別所が彼女に悪態を吐いているのを裏側で笑ってやる。

家に帰るとポストに一通の封筒が入っていた。裏を見ると有名出版社の名前が。きっとこの前お遊びで書いた小説をまたお遊びで賞に出したのを思い出し、きっとその結果だろうと見当をつける。
開けると"佳作"の文字。はて、どんな内容だったか、それさえも思い出せない。それでも一定の評価を貰えるのだから有り難いのだろう。しかし、暇潰しに書いた事に変わりはない訳だし、それでこんな文字を貰うのも失礼。

出版社に明日電話掛けるんだろ。
"いらない"ってカッコイイ事でも言いたいけぇ。たまにはさ。
もったいねーな。

それから別所は何も言わなかった。寝てしまったのかもしれないし、起きてるが俺とのやり取りに疲れたのか。俺もそのまま布団を被り、大人しく寝る事にした。
電気を消し、横になると窓から綺麗な月影が覗いてるのを見つけ、海に沈むように眠りに堕ちる。




いくら君に呼び掛けても、胸に響くのは自分だけ。君は一体何処にいってしまったのか。ヒトリになった身体が寂しさを覚える。孤立ではなく、完全な孤独に陥った自分を護るモノは何もなく。今まで、君だけを頼りにして生きてきたとしたら、これから。胸にぽっかりと穴が空いたように空虚な身体を見た。それは紛れも無く、自分。




素直に恐いと感じて、起きる。陽は既に上がっていて、カーテンを閉めずに寝てしまったため、直射日光が目に悪影響していた。別所がいなくなった夢を見た。




俺の夢には女の子が出て来た。実は知ってる奴。駅から国道に出る途中に大きなマンションあるだろ、そこに住んでる奴なんだ。何回か見ただけだけど。まぁ、あれだよ。
一目惚れ?
晴一は何とも思ってないのに副人格である俺がそうなるなんてな。
そっか、違う夢見たんだ…。今までは一緒だったのにのぉ。
不思議という言葉で取り敢えず片付けておこう。水飲みたいんだ、俺。





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