戯言仮

□手紙
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拝啓、俺は手紙の書き方がわかりません。単に勉強不足なだけだと思いますが。中学の時、国語の時間に書き方を教えてもらった記憶もどこかにあるけど、忘れてしまっています。
この前は鍵ありがとう。風邪はひかなかったでしょうか。おかげで、無事に運び出すことが出来ました。
何かお礼をと、家を探してみたのですが、何もありませんでした。のど飴を一袋送っときます。暇な時舐めてください。毒は入ってません。



「別所、飯食いに行かん?」
金髪を隠すように帽子を被った男が妙にニコニコしながら、別所に言う。
「で、何で今日はスーツな訳?持ってたの?」
「失礼な、持ってました。二着で一万五千。商売は手広げなあかんよ。今日はアンダーテイカーです」
「ホームレスなら共同墓地にぶち込んどけよ」
「違う。もっと裏な方のお見送りっちゅうか処理」
道には何処からか舞い落ちてきた桜の花びらがある。眠そうに別所が大きな欠伸をした。
「東京駅の方ならいいけど。今日は用があるからさ」
僕もそっちの方が助かる、と男は帽子を被り直した。「そんなサラリーマンいねぇよ」と弄られれば、「スーツがメイドインイタリーちゃうから?」とボケをかましてみせる。



拝啓、また送ってみました。この前はどうも。飴が口に合ったようでよかったです。今度はまた、別の物を一緒に送ります。
あのキーホルダー流行ってるみたいですね。知人も全く同じ、変な兎を持っていました。正直言って可愛くないと思います。何種類もあるらしいですが、何を表してるか、俺にはいまいち理解できません。



隣からベランダに紙飛行機が着陸したのを見た。そこには女のような文字で「ガス出ない。お湯沸かさせて下さい」と書いてある。また折り直し、別所がゴミ箱に向かって投げた瞬間、インターフォンが鳴り、玄関の扉が開く音がする。スウェット姿の隣の住人がやかんを持って、彼の部屋にやってきた。
「なんか言葉ねぇのかよ」
「火を貸してください」
「ライター持ってるだろ」
「嘘です、すんません、ガス台借ります」
水はどうやら自分で持って来たらしく、既に火にかけている。別所は冷凍庫からチョコのアイスクリームを出して、食べ始めた。
「払ってなかったの?」
「いや、払ってるけ。普通にガス台がぶっ壊れた。チャッカマン持っとらんし。コンビニ行くの、面倒じゃし」
「直してもらえよ」
「直してもらうよ。もう晩いし。明日来てもらうわー、ガスパッチョ」



拝啓、桜の花も大分散ってしまいましたね。最近体の調子が悪く、あまり働いてません。つまり、あまり人を殺してません。何だか上半身が重いんです。
飴は飽きましたか。そりゃそうだよね。今度は折り畳み傘を送ります。凄く小さく纏まります。200円でした。一応ニ・三回開いただけでは壊れないと思います。多分。雨が降ったら、病室戻った方がいいですよ。この前も打たれてましたけど。傘壊れてましたし。



「お前は死者に手紙を送るのが趣味なのか?」
「何で知ってんだよ」
「色々とね」
女はスターバックスのキャラメルフラペチーノ片手に、大きな液晶が埋め込まれているビルに寄り掛かっている。別所が手を差し出すと、彼女はポケットから無造作に一万円札を渡した。
「今日は私が雇い主だしねぇ。奮発してあげる」
「気持ち悪いぞ。で、明日何処に行けばいいの?」
「…あー、えーっと、羽田にある町工場。持って来て欲しいのはフロッピー全部ね。一つでも残したら後払いの分、払わない」
地図をパーカーのポケットに突っ込まれた後、女は挨拶もせずに人波に消える。彼女に言われた条件は一つ。「人は殺すな」彼女からの仕事は何時もそう言われている。



そう、このやりとりを何回もしてるし、何回も屋上で会ってるけど、一つだけ聞いてない事があります。
でも、いいや。今度話しますね。それじゃ、また。





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