戯言仮2

□ケムリ2
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そう、悲しい。俺はとても今、辛くて悲しい。
壁に散らばる血、銃口からの硝煙、終わった女。この苛立ちにも似た悲しみを何処に押しやれば良いのかわからず、無意識の内に煙草に火を点けていた。倒れた椅子を直し、自分もそこに座る。床から逃げるように天井を見上げても、自分の吐いた煙が視界を覆うだけ。
暫く俺の煙で汚れた壁を見つめ続けていたら、着信が入った。開けてみるとそこには俺をこんな状態にした張本人。

「終わったなら連絡しろ」
「今連絡した。掛けてくんな」
「わしはお前の上司。下の行動を知らなくてどうする」

怒りによるものか、他の感情から来たものか判らないが、俺は耳に充てていた携帯電話を重いっきり壁に叩き付けていた。手元から離れたそれから男の笑い声がする。

「面白い、面白いねぇ、別所」

我慢できず、俺は先程仕舞ったばかりの銃を携帯電話に向けて発砲する。液晶にのめり込んだ玉が嫌に光るのであった。




「気に食わない」
「あっ、でも上司が部下を殺したら掟破りって事はわかってますよ」
「全てがカンに障るって何なんでしょうね。僕は僕なりに彼を楽しく使ってますから、大丈夫。それより、自分の心配した方がよろしいんじゃ?」




目を開けると、部屋は電気が点いたままだった。時間を確認すると朝の6時前後。かなり寝てしまったようだ。次に気付いたのは微かな異臭。内部の腐敗が早くも始まってしまったのだろうか。取り敢えず、白熱灯を消すと、カーテンから洩れる青い光が見えた。
「………」
命尽きた女の散らばった髪の毛を整えながら思う。ホルマリン漬けにして、あいつの元へ毎日一つずつ送ってやろうか。俺の苦しみがあいつに届く事なんてないと解っていても。容器も必要だし、ホルマリンも必要。まず、人間一体丸々入るような密閉された容器なんて、売ってないし。そうなると解体…
胃の物が一気に食道を逆流し、酸で焼けるのを感じた。空っぽのシンクで吐く。あまり昨日は物を食べなかったせいか、黄色い胃酸だけが落ちていく。



肩で息をしながら、コートを羽織り、マスクをした。それにサラリーマン風のバッグを持ち、眼鏡を掛けると、急いで部屋から出る。まるで、死体から逃げるように。無性に目が痒い。俺は泣いていた。




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