戯言仮2

□春の雨
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『雨デスネ、岡野くん』
「雨じゃ」
『しかもなんか温い』
「最高気温は21度らしい」
『とにかく気をつけや』
「何に?」
『別所に』



苛々する、苛々し過ぎて、どうにかなりそうだ。何故俺がこんなに苛々しなくてはならないんだ。部屋の中で適当にナイフをめい一杯投げると、それは岡野の部屋の方の壁に刺さった。
花粉か?いや俺は花粉症ではない。なら何だ。答えを求めるように閉め切っていたカーテンを乱暴に開け、窓の外に出る。気持ち悪い。肌に付いて何時までも取れなさそうな温い気温と小雨。
こいつか。
ならばしょうがない。相手は地球だ。俺にどうこうする力はない事は明白である。こんなにも大きな相手に苛つく俺も小さい。

しかしやはりこのムカムカは収まらないでいた。この温い雨のせいだ。充電中の携帯電話を掴んで、岡野に電話をかける。何時もなら壁を叩いてあいつを起こすが、今壁を叩いたら、間違いなく壁が壊れる。破壊衝動にも似ていた。

「オイ」
『……別所?』
「仕事」
『えー、わしもう会社行かんと』
「今日日曜」
『休日返上』
「とにかく今」
『…わかったけぇ。ベランダに資料投げ込んどく』
「早く」

時計の針がニ周した頃、岡野が俺のベランダに身を乗り出し、そっと資料が入った透明のファイルを置いたのを俺は見た。直ぐにそれを掴み、読むと、全く面白くない仕事。
でも、俺は人を早く殺したくて、部屋を出た。





壁に張り付いて、隣の部屋の物音に耳を澄ませる。岡野は密かに心配していた。年老いた何処かの組長の生命装置のバルブを捻って終わり、なんてつまらない仕事を別所は何時も嫌がっていた。しかし、本当にこの仕事しか彼の手元にはない。後から高橋に確認したら、あっちには幾つか別所の好みそうなモノがあったらしいが、もう遅い。
これが不満で、わしん家乗り込んでこられても、戦う道具なんて解体キッドしかないな。玄関の鍵が閉められているのを確認し、ベランダから来るのではないかと、暫く歯を磨きながら窓を見ていた。
しかし、その読みは外れる。部屋を出る音が聞こえたのだ。そんなにも仕事が欲しいなんて、珍しい。それとも春の雨のせいで凶暴になっていただけであろうか。とにかく岡野は殺されずに済んだ。







嗚呼つまらない。死んだ様に寝ているガリガリに痩せた老人を見て、別所は思わず呟いた。実際人工呼吸を停止させたので、もうすぐ死ぬのだが。
その病室はやけに花が多い。部屋も広いのだが、床を殆ど埋め尽くす様に花が沢山花瓶に刺さっている。流石にやり過ぎだと、彼は恐怖を覚えた。
花に死を看取ってもらえるなんて、素敵じゃないか。独りで死んでも気を紛らわす事が出来る。これがあの極悪非道の頭の最期だなんて、笑える。

「オイ、お前そこで何やってる!!」
振り返ると、既に銃を構えた腕に入れ墨のある男が怒鳴っていた。
「ねぇ、此処病院なんだけど」
「お前!!」
しゃがんで、相手の懐に入った。片手でポケットからナイフを取り出すと、そのまま腹に刺し、刔る。相手の手が銃を離すと、それを素早く奪い、廊下に出て走り始めた。
前言撤回、嗚呼面白い。怒りに震える先程のあいつの顔ときたら、まるで林檎の様に赤かった。後ろからどたどたと沢山追っ手が走って来ているのを感じる。別所は人を殺したかった。殺したくて殺したくて仕方がない程。しかし、仮に今階段を降りてしまえば、別所は人を殺せなくなる。此処は総合病院である。入院中、見舞いに、診察しに来ている一般人もいれば、医療従事者もいる。しかし、この二階上は屋上。前に調べた時、あそこには監視カメラがない事がわかっていた。滅多に誰も訪れる事のない場所。
階段を二段飛ばしで駆け上がり、少し開きにくくなっている扉を体当たりして開けた。雨が降っている。生温い、春の雨だった。


追っ手4人も遅れる事、約20秒、屋上に入る。別所はタンクの上から一人の頸動脈を目掛けて飛び降り、ナイフを差し込んだ。血が噴き出て、早くも彼の服は赤く染まる。素早く抜き取り、背後からもう一人首を横に裂いた。嬉々とした様子で撃ち出された銃弾を避けると、そいつの腕にナイフを命中させ、落とした銃の弾倉をどこかに放り投げる。そしてそのまま、馬乗りになり、心臓に一突き、「あぅ」のような情けない声が吐き出された。
「あれー、もう一人はー?」
挑発するようにわざわざ真ん中に出て、ゆっくりゆっくり歩く。死体は三つ。別所が欲しい数に一つ足りない。バンっと重苦しい音がしたと思ったら、あのもう一人が散弾銃を構えていた。別所は口角を上げ、病室で獲得した銃を散弾銃目掛けて発砲。銃身が弾け飛ぶと、別所はそいつの後ろに回り銃を頭に突き付けた。
「俺は殺さないよ」
「…お前…別所か?」
「いぇす」
左手でナイフを持ち、首を串刺しにすると、男は一度振り返るそぶりを見せたがゆっくりと、雨が降る様にコンクリートに倒れた。血がどんどんと雨水に溶け出していく。
「銃では殺さないよ。ナイフで殺したいの。全部雨のせい」
暫く、別所は魂が抜けた様に灰色の空を見上げていた。何だか自分が哀れに思えて、泣きたくなる。







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