戯言仮3

□月と町、コンクリートの綱渡り
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さぁ、これもまた或る夜の話をしよう。僕は容易に愛だとか恋だとかは使わない主義でいる。軽く思われたくないというのが一番の理由であるが、そういう言葉が似合う感情を持つ事が少ないからというのも事実である。今回の滞納者は僕の正反対だった。毎日毎日違う女を自室に連れ込んではセックス、連れ込んではセックス。セックス症候群かと思った程だ。盗聴していて一番聞こえた単語は『愛してる』嗚呼、なんだ彼は唯の寂しがり屋だった。


砕けたコンクリートがすぐ近くにあったから、まず強くそれで窓を叩いてみる。反応無し。次に声を出しながら窓を叩く。硝子にひびが入って来た。それでも反応無し。
此処が人が住んでいない工業地帯の隣でよかった。手に持っていたコンクリートの塊を硝子に投げ付け、怒鳴る。中で顔が引き攣り、息を止める彼が想像出来てしまい、笑ってしまった。
「おい、梶原!!おるのは判っとるからな。今から入るけぇ」
今回は脅すだけ、今回は。







コンビニで女は見た事がある男を発見した。携帯で電話をしながらおにぎりを漁っている。
「そう。じゃけ回収したって」
広島弁と標準語が混じった言葉で喋る彼は見た所何も変わっていなさそうだ。目の前に誰かが列んだ。「らっしゃいませー」と気の抜けた声を出し、商品を打ち込んでいく。
「別所はまたあの女の所に行ったんですか?………あー、わかりました。それじゃ」
彼は列んで三人目になった所で電話を切った。手には結局おにぎりはやめたのか、サンドイッチと缶コーヒーがある。
「ありがとうございましたー、次の方どうぞー」
何食わぬ顔で女は接客を始める。後ろの彼は女に気付いたのだろうか、いきなり列を離れ、缶コーヒーをもう一つとおにぎりを持ってきて最後尾に列んだ。
「次の方どうぞー」

彼が商品を置いて彼女に小さく挨拶をした。もう店内には彼ら以外誰もいない。
「此処でバイトしとったんだ」
「徒歩5分以内よ、近いでしょ」
「今日何時まで?」
「後5分」
「あっそう。一緒に帰らん?」
女は一瞬怪訝な顔をしたが直ぐに了承する。少し暑いだろうから店内で待ってろと男に告げると彼女は裏に入って行った。入れ代わりで別の男がレジに付く。

10分ぐらいだろうか、調度店内で流れている曲が終わった時、外からコンコンという音がした。彼女が外で小さく手を振り、僕も手を挙げる。
「ごめん、遅くなった」
「いや、大丈夫じゃ」
扉を静かに閉め、マンションに向かい歩いていく。真っ暗な夜12時の事、月が真上に出ていた。
「生活出来とる?」
「お蔭様でぴんぴんしておりますよ」
「テレビとかは?新聞とかもとってる?」
「お前ん家に忍び込んで見てるって言ったらどうする?」
その発言に驚き、男は持っていた缶コーヒーを落としてしまう。彼女は鼻で笑うとずんずん進んでいく。
「開けてなかったからよかったね」
「あーほ。宇宙人はそんな事も出来るんじゃな」
その後、女は彼の部屋の家具の配置等を語り出した。それは全て当たっているのだが、彼は今まで小物が動いていたという怪奇現象に遭遇した事はない。まさか擦り抜けているという事はあるまいし、果たしてどうなっているのか。まだ自慢げに彼女は話している。


彼女は自動販売機の煌々とした明かりを見つけると話をいきなり切り、走り出した。目の前で商品を珍しい物でもあったのか、じっと見ている。男も近寄り見てみるが、そこにあるのは普通の何処にでも売っているような物ばかり。
「何見とんの?」
炭酸飲料と緑茶を「どちらにしようかな」と交互に指差し始めた。
「炭酸飲みたいならビール飲めばよかろう。生茶にすれば?」
うーんと小さく唸り、結局彼女はその助言に従い、緑茶の方のボタンを押す。鈍い音を出し、ペットボトルが落ちてきた。
「岡野くんビールくれるの?私ん家にはないよ」
「宇宙人はほら、前言ってた…綱渡りで来ればいいじゃろ。そしたら、やる」
「後で乗り込んでやるからな」









夏は雲が多いんだ。空には星が見えないように薄い雲がかかっていて、余計に月が明るく見える。
女はベランダに出て明かりが点いた目の前の部屋を興味が無さそうに頬杖を付きながら見ていた。その距離約10m。脇には先程買った緑茶を置いて、へなへなと座り込んだ。月が見えなくなり、隣町の明かりが見える。手を伸ばしても空気さえ掴めないこの手、腕、体。
突然何かを開ける音がしたと思ったら男が両手にビールを二本持ち、こちらを見ていた。ビールを持ちながら軽く腕を挙げた彼は何が言いたいのだろう。
「投げてくれ」
「こっちには来んの、宇宙人?」
「気分じゃないの」
彼は振りかぶった時、ほんの一瞬だけ動きが止まった。顔が強張る。何を思い出しているのだろう。
「コンクリ」
しかしそれも刹那の事だ。彼はそのままビールをこちらに投げてきた。飛距離的には何の問題も無く、女が上手く受け取ればいい事。それは彼女が思っていたより強く投げられていたようで、腹で受け取るはいいが、痛みをついでにくれたようだ。
「おー、ナイスキャッチ」
「なんだ、私に来て欲しかったのか、この寂しがり屋め」
「瞬間移動なのか、綱渡りなのか、それとも飛んでくるのかを見たかったん!」
「その問いに答えてやる、紛れも無く私は綱渡りで来ているさ」
立ち上がってビールを開けると乾いた音がする。それに気付き彼もビールを開けた。


「はい、乾杯」
「乾杯」





雲が多くなり、西に沈む月は隠れてしまった。










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