戯言仮3

□ホッカイロ
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恐らく、彼が金髪に会ったのは昼過ぎであっただろう。というのも、あの日は雲が厚く被っていて薄暗くて時間を感じる事が出来なかったからである。いつもなら頭上から照らしてくれる太陽も何処にいるのか、位置さえ確認出来なかった。
駅前の広場にベンチが三つ程連なって置いてある。買い物帰りの主婦達、営業で外回り中のサラリーマン、平日のこの時間にいてはおかしい女子高生、それぞれが思い思いにさっさと歩く。
鈴木はその中にいた。建物の中にいても気が滅入るだけだからと先輩の新藤が連れ出したのだ。まぁ当の本人は近くの派出所に仲の良い奴がいるとか何かでそちらに行ってしまったが。
その日はまたとても寒い日であった。少し早いかなと思い躊躇いがちに出した彼のコートも大活躍している。鈴木は新藤の自由さに苛立ちを隠せなかったが、取り敢えず1番右端の誰も座っていないベンチで落ち着く事にした。時折吹く冷たい風に彼の手は倒れそうになるが、摩擦で何とか保っている。
先程コンビニで買ったカイロの袋を開け、中の粉を振る事で空気と触れ合わせる。カイロって直ぐに温かくならないのが難儀だよなと思いながらも鈴木はカイロが温まるのを待っていた。
ようやく温かくなったなとカイロから目を離すと、隣に誰かが座っていた事に気付く。いつの間にか三つのベンチは空きが無くなっていた。あまり見てはいけないと感じ、凝視という事はなかったが、一瞥しただけでも彼の髪は印象的でもう一度見てしまった事を覚えている。白に近い金髪。女子高生が染めるレベルではなく脱色に脱色を重ねたような、あまり巷では見る事がない色の髪を鈴木の隣の誰かは持っていた。そして携帯を弄るあの不満そうな顔。酷く冷めた目をしていた。
その彼が突然話しかけてきたから、肩が震えるほどに驚き、素っ頓狂な声を出す。
「寒いですね、今日」
それは当たり障りのない今日の気候についてだった。鈴木は警戒はしながらも「はい。天気予報によると10℃いかないそうですよ」と返す。
「ホッカイロ持っとったらよかったな」
少し関西弁を混じらせながら外気に晒されている手を擦り合わせた。肩まで竦めて、どうみても"寒い"を体で表現している。
鈴木は自分のポケットにあるカイロに触れる。そしてバッグを覗き一つ取り出された5個入りのカイロのパックを取り出した。
「あの、」
声を掛けようとしたその時、金髪は誰に話し掛けるでもなく、独りでに喋り出していた。
「巨人からの風景は剣山、ビルが針に見えるんよ、多分。何かの拍子で巨人さんが針の上に倒れてしまった。巨人さんに無数の針が刺さる、血を撒き散らす、街が汚れる。そうやなぁ、掃除番は僕と岡野くんか」
何を言っているのか正直わからなかった。でも彼は相槌を求めてくる。鈴木は困った揚句、質問し返した。
「じゃあ、その巨人さんの死体の後処理は誰がするんですか?」
何も言わずに笑うと「それは警察や」と呟き息を長く吐いた。
そこで当初の目的を思い出すと、鈴木はベンチに一つカイロを置く。
「寒いですね。これどうぞ」
「お、いいん?ありがとー。嬉しいわ」
いい人なのか、悪い人なのか、唯の変人なのかわからなくて調子が狂うなぁ。悪い人だったら徹底的に無視するのに。
金髪もカイロの袋を破り、小さく膝の上で左右に振った。


金髪、童顔、関西……そんな調書をこの前読んだ気がする。しかしそれが何時、何処でどんな理由で読んだのかを忘れてしまっていた。どうせ彼はオマケなんだとは思いながらも、もう一度顔を確認しようと右を向いた時には、誰もいない。鈴木は溜息を吐き、大人しく新藤を待つ事にしていたらしい。






「あ?また別所やらかしたん?僕は他のがあるから無理やわ。岡野くん、頑張ってー。そうや!ホッカイロ10個今度持ってくから」


「金髪って目立ちますよね」
「まぁ、モンゴロイド、ちゅうの?基本黒じゃしね」
「………カイロいります?」
「えー、ワシも買っちゃった。言うの遅い」



『刑事と裸族』『殺人鬼と解体者』
(〜20091221、拍手)


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