戯言仮3

□唯見ている
1ページ/1ページ




朝の6時36分。今日の日の出は6時42分だからまだ太陽は顔を見せていない。ということになっているが、曇りの日の昼のようにもう空は随分と明るい。
土手には白い鳥が大量に集まっていて、僕がそれを凝視していたら、その視線に気付いたのか一斉に下流へ飛び立った。
自分の足が何かに滑る。足元を見てみるとそれはマフラーだった。元々薄い生地で出来ていたのだろうが、道路と同化するくらいに踏まれている。これを持ち主が落としたのは昨日の午後8時7分を回ったところ。そこから10時間程しかたっていないのに、こんなにもぺちゃんこになっているということは、それだけ此処は思ったより交通量の多い場所だとわかる。
「阿保、別所」
きっと僕が土手で死角になっている場所で解体している最中でも、上の道路ではジョギングをしている爺がいたのであろう。こんな危険な所でやりやがって、あいつめ。

道路から数メートル入った所で僕は見つけてしまった。警官がいる。手帳片手にホームレスに聴取していた。あそこら一帯のホームレスには金を渡したのだが、あいつはもしかしてこの1km先の橋の下の住人か?そいつが僕か別所を見て、通報してしまったのだろう。しかし幸いな事に日本の警察は面倒臭がりが多い。あの警官だって大きな欠伸をしながら、話を聞いているようだ。


さぁ、見つかったらまずいので、退散するか。
河から離れて国道にあるコンビニで朝食を買う事にした。









彼は恐ろしいものを全て見てしまった。人が殺され、おまけに解体までされてしまったのだ。そろそろねぐらに戻ろうと土手を歩いていると、二人分の足音が上の道路でする。そこまではいいのだ。至って普通の出来事。そのうち一人が走り、二人の距離は縮まる。これも大丈夫。ジョギングを再開でもしたのだろう。
「うぎゃっ!」
漫画みたいな声を誰かが発した。背筋が震え、おかしいと思い、そっと上を覗く。男が男を殴っている。倒れた方の服の襟を引っ張り、草が生い茂る土手でも、1番奥へ引きずっていった。どうしてそこで体が動いてしまったのかわからない。彼は音を出さないようにその二人に近付く事にしたのだ。

殴った方は引きずるのを止め、乱暴に砂利の上に男を捨てる。起き上がろうとするが足を体の上に置き、蹴り返し、また起き上がろうとするが、今度は頭を蹴り…。その繰り返しが4回ぐらい続いた。血が靴の裏についたのだろうか、倒れている男の服で拭いている。
「そろそろ死ぬか」
そんな声が聞こえた気がするが、彼にはそれをきちんと聞き取る余裕なんてない。殺される殺される、俺まで殺されちまう。頭がパニック状態になり、まともな呼吸さえも出来ない。

「…誰」
殺人鬼が彼の方へ振り向き、暗闇に目を凝らした。息を止めて、何も動かない。心臓の音が相手にばれているのではと心配で心配で。

そこから彼は何も見ていない。居場所を知らせてしまうのが嫌で、顔さえあげる事が出来なかったのだ。土に混じる小石が額に刺さる。虫が這う。そりゃ、此処は土手だからそのくらいは何でもない。殺されるのだけは勘弁願いたかった。

助けて、助けてと小さく聞こえる。しかしそれは突然止んだ。と同時に何かが飛び出す音がした。終わり。

彼はそこから動けずにいた。まだ殺人鬼はいるのではないか、俺を探しているのではないかと怖くて怖くて震えている。そして彼はまたしても誰かが此処に来るのを感じた。一人、草を掻き分けてこちらに来ているようだ。そいつは重量があるものを置いた。やけにその音が響く。カチャカチャと操作して、その後、何かを切っている。
人が人を切っていた。
解体者の顔は見る事が出来なかったのだが、僅かな視界ながらも解体されていく死体は面白いくらいに見れる。まるで彼に見ろと言わんばかりに血飛沫が彼のいる方の草村に掛かった。


逃げないと、逃げないと、逃げないと、逃げないと、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ、殺される!!

ほふくで荒くなっていく息を隠しながら彼はひたすら土手から逃げた。上の道路まで着くと後ろを振り返る事もしないで、走ってねぐらがある橋の下まで帰る。勿論帰った後もその話はしていない。




「あ、あの!人がっ、」
『はい?どうなされました?』
「殺されて、切られて…」
『取り敢えずそこに向かいましょうか』
「早くっ!!」








僕はコンビニで買ったおにぎりを頬張りながら別所に電話を掛ける。どうやら一人殺さなければならないようだ。
「あぁ、別所?」
さて、今日も仕事をしなければならないかと思うと、ほんの少しだけうんざりする。と同時にうきうきしている僕がいた。
空は青空だったようで、朝日が僕を包んでいく。




[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ