戯言仮3

□美味しくない水晶体
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彼女は死体の眼球を刔り取り、踏み潰し、中から出てきた水晶体で街明かりを覗いていた。きっと、埃っぽい世界が広がっていたに違いない。





外が五月蝿い。猫の発情期にしては鳴き声は聞こえない。いや、泣き声は俺の建物の後ろ側から引っ切り無しに聞こえる。何かを裂く音、何かが刺さる音、何かが懇願する音。
「お、俺、…金持ちなんだっ!!…だから」
第三者として聞いていても不愉快で滑稽な言葉。これを殺してるのは殺し屋ではないだろう。こんなに人目に付く場所では殺さず、狙撃するか毒殺するか。刃物で殺すとしてもホテルの一室等ではないと、必ず誰かに見られてしまう。だから俺がこうやって殺人を聞いてしまっているのではないか。

しかし、楽しそうに人を殺している。笑い声が脳内で勝手に再生された。
今日の患者のカルテを棚にしまい、ソファに座り、コーヒーを飲む事にする。何とも不快なBGMに変わりはないが。



暫くして、誰かが何かを話す声が聞こえ、静かになった。遠く遠くで救急車のサイレンが響いている。午前2時、あまりこの時間に外に出掛けようという輩はいないであろう。時折猛スピードで駆け抜ける車の音が響くだけ。

俺は残骸を見に行き、彼女に会った。一人で三体に囲まれて座っている。
「こんばんは」
水晶体越し覗かれる。その後、彼女は虚ろな目で、「こんにちは」と返した。


「何やってるん?」
「目の前で人が死んだの」
「見りゃわかる。何で此処におる」
「ある人が全員殺したの」
「わしも聞いてた」


話が噛み合わない。俺は何故を問いているのに、周りの付属品だけ答えて核心がない。あの殺人鬼の様子から全滅だと思っていたのに。


「貴方、誰」
唐突に名前を聞かれた。会った時から彼女は腕の位置さえ変えていない。
「白玉。おまぁは?」
「………」
言いたくないのか、ないのか。どうでもよい事を聞いてしまった事に後悔を感じた。

彼女は弄んでいた水晶を乾き始めている血のコンクリートの上に置き、手で圧縮をする。その血を見て、誰かに見られたらまずい事になると思い出し、腕を取り、無理矢理彼女を立ち上がらせた。
「痛い…」
「我慢せぇ。取り敢えずわしん所、来い」
なかなか歩こうとしない彼女を見兼ねた俺は、彼女を担ぐ事にした。弱々しく背中が叩かれる。
「襲ったりはせん。怪我しとるから治しに行くだけ。わしは医者じゃ、ヤブの」








翌日、朝起きたら、昨日の死体と血はなかった。あの空間に何も残っていなかった。
空いてるベッドに彼女を寝かせたんだっけ。ちらっと覗くと、まだぐっすりと仰向け寝ている。
血やらで体が汚れていたので、了承無しで洗ってしまったが、彼女は覚えているだろうか。あれは消えてほしい記憶だ。痣が治りかけから最近出来たものまで、あちらこちらにあり、習慣的に暴力を受けていた事が容易に確認できる。



「なんで拾ったん?わし」



あの時の彼女の周りの空気は不規則に乱れていた。飲み込まれてしまったのは、きっと自分。埃で汚れた水晶体に映っていたのも自分。
死んだように眠る彼女を見て、俺はよくわからなくなっていた。




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