戯言仮3

□お隣りさん(僕らの)
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「死体が近くにある」


別所が唐突に喜々とした様子で俺に告げた。手をグーパーグーパーと開いて閉じて何かを掴もうとしているのだろうか、俺にはちっとも意味が理解出来ない。しかし、この前それにツッコミを入れたら「岡野だってよくしてるじゃん。俺はその岡野くんの真似をしてるだけですー」と返されてしまった。何時何処でそんな行動をしたのだろうか。直之さんにも確かめると別所と同意見だった。俺も俺の事を理解出来ていないようだ。
「臭いはせんけど」
「だってついさっき、御旅立ちなされたもん。5分も経ってないよ」



よいしょとベランダを登り、俺の部屋とは反対方向に乗り移る。そんな犯罪者紛いな事はやりたくないので、俺は別所のベットと折りたたみテーブルと携帯充電のプラグしかない部屋で待っていた。
少しすると別所が顔だけ笑いながら帰ってくる。
「あったー、お隣りの…何さんだっけ、ほら、女」
この階の部屋は6つ、エントランスから見て順番に行くと、黒磯、前橋、長野、岡野、別所、根府川。
「あー、あのいかにもキャリアウーマンじゃろ?何処に働いとった?そうそう、役所じゃ役所」
「何で知ってるの?あれ?襲った?そういうノリ?」
ベットにゴロンと寝転がった別所は、俺の横腹をちょんちょんと足でつっついてくるが払いのけて、ベットの脇に座った。
「違う。社員証?みたいなのを彼女落としての、ワシが拾ってあげたん。そん時に見た」
「ふーん、つまらん」
そこから俺達は何も話さずに10分が経つ。別所は仰向けで天井に手を伸ばして、何かの首を絞める。俺はその"根府川さん"がどんな恰好で絶命したのが気になり、妄想を繰り広げていた。首吊り?飛び降りはその隣の部屋に死体があるから違う。ベットで眠るように死んだのか、はたまた浴室での感電死か。



「重っ、痛っ」
首の両脇からいきなり腕が伸びてくる。背中に衝撃を受けると、俺は少し前のめりになった。別所が後ろから抱き着いている。
「キモい、やめろ、重い、ムカつく、ワシはゲイじゃない」
「知ってるー。俺もお前を抱きたいなんて微塵も思っちゃいねぇよ。馬鹿じゃねぇの?あー、キモい、鳥肌が立ってきた」
なんとかその体を振り切ると、俺は別所に右アッパーを腹に決めた。半年前の自分からは考えられない。わざとらしく別所が「ぐへぇ」と言ってくる。

「解体行きたいんでしょ」
ぞくりと背筋が震えるのを感じる。手に嫌な汗を掴む事になろうとは、今日の出勤時には思っても見なかった。
「なわけなかろうに。警察に言えば、ワシらは何も関係ない」
無理矢理笑ってごまかそうとする自分が醜くて仕方がない。あまりにも笑うのが苦しくて、俺は別所に背を向けて床に座った。
「どんな風に死んでたか、気になるんだろ」
「五月蝿いけぇね、黙っちょれ」
「ほらほら、もう死後硬直は始まっちまうぜ。そうなったらバラバラにすんのめんどくせぇだろ、なぁ」
刔られる、刔られる、スプーンで、少しづつ、だけど的確に。
「五月蝿い五月蝿い」



「チャンネルを器用に変える、不適合者さん」



もう、覚えてない。急いで自分の部屋に帰り、解体道具が入っているバッグを別所のベランダに投げ込む。そして、別所のベランダから"根府川さん"のベランダに。俺が見たのは、生み出されたままの精巧な人形に成り果てた元人間。ベットで王子様のキスを待つように死んでいる。剥製にしたら綺麗だろうな、なんて思いながらも、腕を切り落とす作業に移ろうとしていた。






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