戯言仮3

□異解釈
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「岡野ー、岡野くーん」
彼は窓を全開に開け、寝ていた。どうやらスーツの上着をベッドに脱ぎ捨て、窓近くの壁で力尽きたらしい。動かない人形のような体勢で小さく寝息を起てていたため、入って来た別所が少し驚く。そして持って来た缶コーヒーを軽く手に握らせ、自分も腰を下ろす。めっきり陽が落ちるのが早くなったな、なんて肌寒い風を受けながら調度東から出て来た月を見ながら思う。岡野の寝顔を暇潰しに観察すると、彼は意外にも綺麗な肌をしている事に気付いた。
「俺も眠くなって来たなぁ」
本当は今から人を殺しに行くから片付ける役として岡野を呼びに来たのだが、何故だか突発的な殺人衝動が熔かされているらしい。睡魔に俺はこんなに弱かったのか?

まぁ、いいや。

岡野と反対側の壁にズルズルと引きずられ、まだ温かい缶コーヒーを両足に挟んで、寝る事にする。
きっと夜に熔けていた。




綺麗に立ち並ぶビル。規則的に配置された地下鉄の駅。市民の心を潤すための娯楽施設。
「めるとだうん」
小さな何かを押す音とその言葉で全てが無くなった。街に電力を供給していた原子力発電所が待っていたように順番に爆発していく。サイレンが至る所で鳴り響き、ヘリコプターが空を飛んでいた。
「人のパソコンでゲームしないの!別所、わしは仕事がしたいん!」
ディスプレイを覗き込む別所はその中で起きている大災害に目を光らせている。
「違うのー。このマンションのゴミ捨て場にシムシティが捨てられてたのがいけないんだよ」
「だからってわしのでやるな」
「この前パソコン死んだ」
岡野が強制終了をかけようとマウスに触れようと彼の手を払う。そうすると別所は岡野の手を叩く。岡野も別所の手を叩く。結局岡野が折れ、ふて腐れてベッドで布団を頭まで被ってしまった。
別所が飽きたのか、街をメルトダウンする前まで時を遡っている。ようやくやめてくれるのかと岡野が布団の隙間から顔を覗かせると
「次、UFO襲来の巻」
ため息しかつくこと出来なかった。

「この世界がシムシティだったら、俺達はいい加減な判断で放射線を浴びなきゃいけないんだぜ?この街が本当に存在してたら俺は大悪党だな」
クツクツと笑いながら別所はマウスを動かす。街が何度目かのメルトダウン。
「そんな悪党に付き合わされている街の住人も可哀相にの」
「この世に何か絶対的な存在がいるとしたら、それに付き合わされてる俺達も可哀相だろ?何回も死んでは時間が巻き戻りまた生きていく。何なんだろうな」
ベッドから布団を引っ張りながら別所の下へやってくる岡野はよくわからないという疑問の顔をしながらディスプレイを見た。
さっきと同じサイレンが鳴って、ヘリコプターが世話しなく動き、悲鳴が聞こえる。
「永劫回帰ってやつ?」
彼はまたマウスを動かす。今度は大型車が街を暴走していた。
「さぁ、あいつに聞いた方が早いんじゃない?あー、人殺してぇ」
別所は眠そうに大きな欠伸を一つ。席を立って岡野のベッドに勝手に寝転がると、少しして規則的な寝息が聞こえ始めた。岡野は呆れ気味に一瞥すると、布団を引きずったまま椅子に座り、シムシティをセーブをする。
「また此処から始めろ、馬鹿」
PowerPointを起動し、明日のプレゼンの準備を始めた。

永劫回帰とはそういう意味じゃない。本当に同じ事を何回も繰り返す。失速も加速もしない。始めから終わりまで一定の速度で進み続ける。そこに何の意味があるのかといえばそれは超人しか知らない。でも真理は別所みたいな気まぐれなのかもしれない。






夜が明ける。岡野の南西向きの部屋からも空が藍色に染まる一瞬を見る事が出来た。別所は唐突に目を覚まし、立ち上がる。朝が冷え込むこの頃。窓が開けっ放しになっているのに気付き、彼は自分が分取っていたタオルケットを岡野に被せると静かに窓から出て行った。
フラフラと透き通る世界を覗くと、世界に独りだけになったと勘違いする程、静。何もすることもなく、ただ外を見ていた。きっとこの時はもう来ることはない。



(〜20091130、拍手)


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