戯言仮3

□鏡迷教
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「そこ邪魔。どけや」
けだるそうにショルダーバックを開け、ニット帽を被った男は、トイレの洗面台の上に座って携帯を覗いている男に言った。携帯を弄る新藤は高橋を一瞥してまた視線を元に戻す。
「手洗うだけなら、隣の洗面台使えばよかろう」
手に持ったショルダーバックで新藤を軽く叩いた。「痛っ」小さく呟いただけで、動作は続行。
「だいたい大丈夫なん?」
高橋が心配そうに新藤に言った。
「経営は明日テストなんやろ?こんな所で携帯やって余裕やな」
「直之くんはどうなんよ。テストは?愛用のバイオリンは?」
「終わった。楽器はスタジオにありますー」
自動で水が流れ、そこで手を洗った高橋はぱっぱと水を切った。そこで新藤は洗面台から降り、鏡の方を向く。
「ちょっ、鏡越しで見つめんで」
高橋はまるで新藤と向き合い見つめられている感覚に陥り、恥ずかしくなって目線を下げた。
「わしは見つめてないよ。鏡の中のわしが見つめてんの。そしてわしは鏡の中の直之くんに見つめられてるの」携帯の小さい画面を見て、眉を八の字にしながら言う。
茶化すように高橋も携帯を確認してまたジーンズのポケットに入れた「鏡の中ならベクトルも全て逆。つまり過去に行けます。映るのは平行世界に生きるもう一人です。ってか。何処の新興宗教や」
「それには一つ欠点があるけぇ。ベクトルが逆方向だとしても、速度は変わらんでしょ?だから仮に50才の人が100年前に戻りたいといくら願ったとしても、到達する頃にはとっくにその人は死んでるわけじゃ。いい詐欺商売になる」
やっと携帯から目を離した新藤は心配そうに小さく溜め息をついた。高橋はそれを見て「どないしたの?」と声をかけたが何も返って来ない。
「詐欺にでも合いましたか、新藤くん」
それを聞いて自虐的にふふっと笑う新藤を見て少しばかり安心した。なんだか知らないがそこまでダメージは大きくないみたいだ。すぅと深く息を吸い込み、新藤が吐き出した言葉は「ダメだ。またフラれた」
「これで何回目?」
「大学入ってから7回目」
「ラッキーな数字やな」
「アンラッキー過ぎて困りますー」
吹っ切れたように前の彼女の電話番号等をアドレス帳から削除して、携帯を閉じた。そして高橋は腕時計で時間を確認するとショルダーバックを肩からかけて新藤に付け加える。
「あっ、さっきの鏡の新興宗教の話なんやけど、鏡は上と下は反対にならんで。つまり僕らの宗教は未完成っつうことで。ヘルスでも行って気紛らわしてき。さらばー」
手をひらひらさせてトイレから出ていく高橋を見送った後、彼は小さく呟く。
「…わしヘルス行ったことないんに。先輩に連れてってもらお」


ショッピングモール並のトイレには誰も入っていない。白く塗られた壁が地上15階の景色をうっすらと映していた。






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