戯言仮3

□迷い子
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「あたま、ぱぁん」
男が下を向いて、目線の先には眉間から血を流して絶命していた中年の細身の男性。その広がる血の上に乗っかった1才ぐらいの赤ん坊は、小さな手を赤く染めて、銃を持つ男に見せた。
「汚れるじゃろー。また洗い直さんとねぇ。後で風呂に入ろうね」
少し困ったように眉を八の字に曲げた男は銃をポケットに入れて、血の海からその赤ん坊を抱き上げる。「だぁー、だぁ」と言葉を喋れない赤ん坊が手足を動かす度に男のスーツが汚れていくが、気にしていないのだろうか、「たかいたかーい」とあやしていた。

かの有名な、子守狼である。

いきなり、その男の心理範囲に入って来たヤクザは銃を構えてこちらを向いていた。
「先にその子供から殺してやろうか!!!」
逆上しているあいてを殺すのは、1番簡単だ。簡単故に間違えた時の損失は大きい。反射的に攻撃方向へと振り向き、男は赤ん坊をそのまま片手で持って、もう片方の腕を使い何かを投げた。
「うるさいんじゃよ。こいつを寝させてあげんといけんの」
そう男が言ったと同時刻に、銃は手から滑って床に落ち、彼の心臓を正確に一突きしているナイフは体が前に倒れたため、さらに奥深くに刺さる。けだるそうにナイフを抜き取り、それもまた内ポケットに入れた。
「あー、寝ちゃった」
しばらく動かなかった赤ん坊は本格的にその男の腕の中で寝たらしい。大人しく寝息を起てている赤ん坊は、安心して寝ているようでいびきまでかいたりしている。
よいしょと小さく呟いた男は煙草を吸いたいのを我慢して、停めてある車まで起こさないように歩いていく。闇に熔けるような夜で、月齢が終わりに近付く物が東の低い空に不気味なくすんだ赤色で上がっていた。"よ"も終わりに近付くように、男しかいないその倉庫街に音があるとしたら、それはこの世のモノじゃない何か。そんな気にさせるように静かに包まれていた。響く響く、海面に漂うゴミ袋に彼の足音と小さな寝息が届いて反射する。
「…のぉ、お前は何処の子?」
その男の目は今まで人を殺して来たとは思えない程、穏やかで優しかった。胸に収まる命を見ながら、その言葉は脳にしまい込んだ。どうせこの子はまだ言葉はわからないだろう。しかも寝ているからこの言葉は自分が自分に言った言葉。相手は誰もいない。そう思って、ふっと鼻で笑う。足を止めることはなかったため、とっくに車に着いていた。
男はもう一度赤ん坊を見て、呟いた。
「お前は、誰の子?」
返って来た反応は、いつもより少し大きいいびきだけだった。




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