戯言仮3

□相互作用
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薄いフィルターがかかった朝だった。白い靄は遠くのビル群を見えづらくしている。


しかも朝からインターホンがなったもんだから俺は酷く不機嫌なまま覗き穴に顔を付けた。
「早よ開けろや、別所」
これまた朝から見たくない顔が扉一枚越しにいる。目に刺激物だ。色んな意味で。その笑顔は死神の笑顔だといっても過言ではないくらいに作られている。
俺はそこに目立つ高橋が居座られても困るのでしょうがなく、鍵を開けた。鍵を捻ると同時に彼も扉を開けたので、驚いて高橋に倒れる形になる。
「…う」その小さなうめき声はどちらが出したのかさえもわからないくらいにどうでもいい事。
「上がるで」
不躾にも俺を横に押し退けて勝手に部屋に入りやがった。何も隠すものはないし、俺は寝ていただけなので心配する必要なんてどこにもなかった。
「…邪魔するよ、とか言えよ。阿保」
振り返った高橋はにっこり笑って、リビングに繋がる廊下を歩いていく。




何時も高橋が思っていた疑問を解決させて、俺はいきなりお隣りが妙に心配になった。昨夜会ったが、彼は私服で出掛ける様子だった。ちゃんと帰って来てるかな。今の時刻は8時。
「…通り魔になってたり、な」
「あ?別所何か言った?」
いやと否定してから俺は冷静に頭で考える。人を殺すのは自分を殺すのと一緒だ。電車が入ってくるホームに飛び降りる事が出来れば、そいつは人を殺せる。自殺にしても他殺にしても何かを殺してる事に決して変わりはないのだから。


大人しくコーヒーを煤っていた高橋が、不意に言葉を告げる。
「そういや、岡野くんの恋人さん、あの国道挟んだ病院で亡くなってしもうたみたいやで。昨日の夜に」
「……」
似ている。俺に似ていると感じた。岡野は紛れも無く普通の人間だが、属性は俺と一緒だ。そんな直感が俺に働いた。
「何でも、百合が空を舞ってた…とか。ロマンチックやなぁ。誰か僕にくださいぃ!!」
「うるせぇ!女でも引っ掛けて来い。童顔め」
百合の花が俺に連想させたのは、骨と白い服、そして棺桶。死だ。あのビル群に花が舞う事など、誰かがキャンペーンをやらない限り起こらないだろう。空になったコーヒーカップを爪で弾きながら、俺は仮定を話始めた。
「例えば、岡野が恋人を殺したとする」
「それはぶっ飛び過ぎや、別所」
「じゃあ、何時から"殺す"と"死ぬ"が入れ代わったんだろうな。俺知ってるんだ、あいつの恋人が半永久的にもう起きる事はない、つまり昏睡な。その情報はあいつが俺の隣に引っ越して来た時点である奴が教えてくれた。彼女が昏睡に堕ちてから約二年、岡野は一定のペースで通い続けて来た。人形相手にしてるようなもんだな。彼女はこのまま死ぬと岡野は知っていたんだ。こんな事なら早く殺してしまおう。仮にこんな感情が芽生えたとする。当初の目的は死んでしまうから殺す。しかし、あれだ、死ねという思いは憎む事に直結している。何時しか愛しているからこそ憎んでしまい、そこから"死ね"が来た。つまり憎いから殺して、彼女は死ぬ。『死ぬから殺す』が『殺すから死ぬ』に変わるのはたやすかった。俺は嫌だもん。一生寝たきりのやつの看病とか。そんなもん」
「…理解出来ん」
「理解なんてしない方がいい。つまり岡野は俺と結果的に似たんだ。せいぜい殺されないように気をつけな」
俺には岡野が殺人を犯したという事実に遇っていない。あくまで仮定だ。彼は普通に彼女が死んだ知らせを受けて病院に行っただけなのかもしれないし、俺に人の心まで透視する能力なんてないからな。身体を壊す事なら飽きるほどやっているが。



「あいつ、いるかな?」
見た壁の向こうには、岡野の死体か、他人の死体か、寝ている岡野か、誰にもわからない部屋が存在している。

もうどうでもいい。彼が人を殺したら殺したまでだ。俺には関係ないし。久しぶりに頭を使ったら、何だか体が怠く感じた。運動しに行くか。

「部屋使ってていいからな。俺、殺してくる」

太陽の自然な温かみはいらない。不気味な人工的に体で作られた生温いのが欲しいんだ。例えば、血とか。

「僕、寝てないから、二人までやぞ!」
遠く、部屋の中からそんな高橋の声が聞こえる。ただ、太陽を眩しいと俺は思った。







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