猥褻写真ばんど

□一重二重
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「わし、殺したいやつおるんだ」
「…へぇ」




彼が黒縁眼鏡を外したところを初めて見た。中々端正な顔立ちをしてるじゃないか。たわいもない話をしながら今日も解体を手伝ってもらっていたら、いきなりそんな事をいうなんて、体の調子でも悪いのだろうか。
空は青空、でもカーテンは締め切っているから、光がカーテン越しに入ってくるだけ。隙間風がぴゅーぴゅーとなって煩い。
俺は手足を箱に詰める作業を止めて、岡野の方に向き直った。彼は空となった器の左足の膝から下を切断するため、鋸をひきながら、まだ続ける。
「あいつ程死んだ方がいい奴は見たことない。今の能無し官僚も、別所も、薬を売ってる芸能人も、死んだ方がいいやつは一杯おる。けどな…なんて言えばいいんじゃろ。わしが唯一憎んでる人間」
「何気に、酷い事言ったよな」
「…殺したい、なんてね。嘘じゃ、嘘。忘れてよ」
目が覚めたように顔を死体からこちらに上げて、今まで言った事を否定する。そして外した眼鏡をかけ直して、この話がなかったかのように関係ない話題を持ち上げてきた。もう一人の人格が勝手に話したんだとでも言いたげに、眼鏡をかけない方の岡野を主人格は押し潰して、存在を薄める。しかし、あの岡野が体の中にいるのだけは確かになった。


「じゃ、殺してくれば?」
これは飽くまで助言であり、忠告だ。無理矢理無くした話題を掘り返すのは性に合わないが、俺は単にもう一つの彼に興味があった。こんな大人しそうで長い物に巻かれるタイプの奴が、もっと暴力的な、反抗的な顔を持ってたなんてな。
岡野は苦しそうに笑って「そんな別所みたいな事はせんから」と言って、膝の関節を外した。脂が微量だが流れ出ていて、血は彼のいらなくなった白いシャツを染めている。その様子はまるで人間をナイフで刺し殺したような、脂のべとつき、返り血にそっくりだった。
「お前、その恰好殺人鬼みたいだぞ」
彼の肩が僅かに動いたのを、俺は決して見逃さなかった。ほら、もうちょっとで、またあいつが出て来る。
「誰がこんな恰好にさせてると思ってるんじゃよ」
「高橋が今日来れないから」
「わしを呼ぶな」
「岡野だって擬似殺人でも楽しんでるんだろ?死体解体して」
岡野が俺を睨み付けたが気にしない。少しでも冗談で返せばいいのに、彼は馬鹿正直に受け止めているのか。また、解体作業を開始した。
「お前だって、人を殺したいんじゃないの?じゃ、なんで解体を手伝ってるの?警察でも引越でもすればいいのに、此処に残ってるのは、人の命に何かしら興味がある証拠だろ?」
反撃出来なくなった岡野は、俺を徹底的に無視をする事に収まったらしい。俺がそう言っても、彼は無反応だった。
しかし、人は耳が機能する限り音がとりあえず脳で認識されるものだ。まぁ、他の思考で脳がビジーになっていなければ。今の彼の考えている事なんて、どうせもう一人じゃないんだから、たかが知れてる。
「…帰る」
「逃げんのか?」
岡野の手元を見ると、人間だった体は10個に別れて置いてあった。胴体の上に各パーツ、極めつけに頭がこちらを向いて瞼を切り取られて、いた。因みに俺は殺した時に瞼を切り取るなんて悪趣味な事はしない。生きていた時には普通に瞬きもしていたし、心臓を貫いた時も苦しそうに一回目を閉じていた。
だとすると、やったのは…
「岡野!!」
俺の声と共に玄関の扉が閉まる。つまりあいつに俺の声は聞こえていない。






いや、前言撤回だ。あいつは二重人格ではない。普通の正常な人間だ。確かに表にはあまり出さないが、もう一人の岡野も結局、人格は一つであり、彼は常に破壊衝動を持っている。そういう感情は人間誰でも持っているが、いざ実行するとなると勇気が足りなくて出来ない。しかし、俺がその場所と勇気を提供してしまったら。






その証拠に高橋が変な事を言っていた。




「なぁ、別所?お前は瞼を無くすのが趣味なん?いつも最終的に処理する時に思うやけど、ないん。人の瞼」





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