戯言仮3

□生
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「お、おい。家鴨?」
「わしはいたって冷静じゃ。頭おかしかったら、お前のこと、抱きしめられないじゃろ?」
男の腕に力が入る。もう離さない、自分だけを見てくれ、と。女も女で、離れようと身をよじらせているが、男の力に叶うはずもなく、彼の腕の中から動けないでいた。




「グレゴリオ、聞くんじゃね」
メモする手を休めて、オーディオを伺う。伴奏無しで、何処の言葉かわからない歌詞を男達が斉唱していた。同性でもあんな声が出るのだと、初めてこの曲を聞いたとき、感動に近いものを感じた。
「音楽の最初はこれだから。原点」彼女もプリントを脇に置いて、オーディオを見る。「別所から貰って、よかった」と小さく女が呟いた。
男は食いつき、「別所とどんな関係なんよ」と攻め寄る。
「いや、友人だよ。普通に友達」
ふーんと、疑いの目で男は答えて、一言続けた。
「別所っていうやつの前でも裸なん?」
女はまさかこんな風に返されるとは予想していなかったようで、見開いて男を見上げた。
「だから、裸でいるのは家だけ。外だったら黒いコート着てるでしょ?あれ脱がないし」
「じゃあ、家に来たら裸なんだ」
少し恥ずかしそうに左下に俯いて「家でこんなに会うのは、あんたらだけだよ」と言う。男は顔色一つ変えずに立っていた。

「立ってよ」
有無を言わさない雰囲気で言われたため、女は浴槽から出て、渋々男の前に立ち、腕を組んで「何?」という目で彼を睨んだ。
「お、おい。家鴨?」
「わしはいたって冷静じゃ。頭おかしかったら、お前のこと、抱きしめられないじゃろ?」
そうしたらいきなり、女は男の腕の中に引き寄せられていた。焦った女は、腕の中で彼の顔から反対を向こうとするが、抱きしめる力が強くて、上手くいかない。
「顔、近い」
恥ずかしさを覚えて下を向いた所、胸に顔を埋める形になってしまった。よく見りゃ、綺麗な顔をしているな。そこを見逃さなかった男は赤毛の髪をわけて首筋にキスマークを残した。赤い花。白い肌によく映える色だ。
「離して」
「嫌」
「離してよ」
「やーだ」
「……ん…!!」
ふわりと浮かんだその身体はいつの間にか、男と浴室の白いタイルに挟まれていた。肌を通して、タイルの冷たさが伝わる。
「真っ赤っかじゃ」と言いながら、先程付けたマークを指でなぞる。その感覚が妙にゆっくりなもんだからくすぐったくて堪らない。
女は目を細めて、半ば諦めたような声で「家鴨が付けたんでしょ」と言った。
「だってお前全裸よ?こっちの身にもなれちゅうの」
笑って男は、壁に付いていた手を女の胸に当てた。
「あっ、心臓動いてる」
「そりゃ、形だけでも生きてるからね」
「形だけって、そんな悲しいこと言わんでよ」


そこから彼は壊れ物を触るような丁寧に女の身体を愛撫していった。それはもう、彼女も、彼自身も生きてると確かめるように深くて、儚い手つきで。答えるように時々顔をしかめる女は、妖艶だった。


「挿入れるから」
「…ん……勝手に、どうぞ…」
目も虚ろで、掠れる細い声で返事をする彼女はすぐに消えてしまうように思えた男は、もう一度強く抱きしめた。彼女に触れてないと、彼女はいなくなってしまうんじゃないか。荒くなっている吐息が耳に当たった。
「そういえば、さ」
男が呟くと、女は顔をあげる。
「キスしとらんね」
「…したいの?」
「一応せんとねぇ」
「そっ。じゃあ新藤、こっち向いて…」ぐぅっと疲れた身体を振り絞って、唇に軽く触れる程度のキスを彼にした。「これで許して」と言って、彼女はまた重力に従って、床に身体をつけた。
思わぬことに驚いた男は、一瞬目を泳がせたが、また行為を再開させる。



「あっ、あ…はぁ」
「いくよ」
「…はっ、ぁ…」
下腹部の中に温かい物が流れ込むのを感じて、女は身体を男の方に倒した。疲れたのか、目を閉じている。
「おねーさん。大丈夫?」男は、彼女の髪を撫でて、髪を手で弄くりながら様子を伺う。
「…そんまま出した、よね」
目を閉じてるにも関わらずその声はさっきまでなくなりそうな物とは違い、凄みが効いていた。
「ばれた?」
「妊娠したらどうすんだよ」
「え、わしが責任持って変態を嫁に貰う」
「……握り潰すぞ、大事な所。というか、早く抜け。抜いて」
射精後のけだるい身体を起こした男は、繋がったままだったのでそれを抜いたのだが、そこからは大量の精液が流れ出す。それを見て、彼自身が「溜まっとったなぁ」と小さく言った。
「あーもう。どうしてくれんだよ、馬鹿」
「…すまん」あまりにも男がしょんぼりしたため、女はいたたまれなくなる。
「わかった、わかった。その顔やめて、私まで悲しくなるから」
「本当にすまん」
「いいよ、大丈夫。こうなる事も運命の何処かで決まってたんだから」
「……お前、綺麗じゃった。ほんまに消えちゃうのかなって思うくらい、小さいし細いし」
肌に触れていたいようで、彼はまた女を抱き寄せた。今までと同じようにぬいぐるみを抱きしめるような感じで、優しく抱き寄せている。
「消えやしないよ、安心して」
「なら、いいけど」
彼らは暫くその状態で、時間を過ごした。無言で、オーディオの再生はいつの間にか停止されていたし、遠くで猿がケージを引っ掻く音しか、耳に入ってこなかった。





「ホントにすまんかった」
「その話はもういいよ」
「マジで、婚姻届に印鑑押してあるから」
「家鴨ねぇ、大袈裟なんだから。第一、私戸籍あるかな?」
「……あ、お前がそういうやつって、忘れとった」








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