BLEACH

□Fictitious day
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「…緋真…?」

近づいてくる緋真に気付いた白哉が、どこかぎこちない動作で首を動かした。
まさか女性死神協会にこの屋敷を使われていたなどと知らなかった白哉は、珍しく頭を抱えたくなっていた。

そんなところに頬を紅潮させてやって来た緋真は、初めて見た白哉の呆けたような表情に、全く別の意味を感じ取っていた。

―――やっぱり、やましい事がお有りなのだわ。

絞り出した勇気が、急速にしぼんでいく。
何か言わなくてはと思うのに、のどが張り付いたように声が出ない。

緋真の様子がおかしい事に気付いた白哉の手が、そっと肩に触れた瞬間、緋真はびくりと思わず体を引いてしまった。
自分が怯えたような瞳をしている事に気付かないまま、緋真は白哉を見つめていた。
白哉の方も、伸ばした手をそのままに固まっている。


「ど〜したんですか〜」
と、そこに間延びしたような声が届いて、緋真は初めて部屋の中に顔を向けた。

そうして、再び愕然とする。

広々とした部屋に、各々寛いだ様子の女性達が数人。
先ほどの少女は、小さな頬いっぱいに金平糖を頬張って楽しそうにはしゃいでいる。
寝転んだり菓子をつまんだり、豊かな金髪の女性などはお猪口を傾けている。

チラリと緋真を見たきり余り興味を示さない女性もいれば、しげしげと面白そうに見つめたり、慌てたりする人もいる。
姿かたちも、見た目の年齢も、色香さえそれぞれ違うような女性を何人も、こんな風に隠すように暮らさせているなんて。

腹が立つより、悲しくなった。

私にはやはりこの人の隣に立つ資格はないのかも知れない。
いいえもしかしたら、私だけが特別だと思っていただけかもしれない。
本当は自分も大勢の中の一人で、いつか彼女達と同じように存在さえ隠される日が来るのかもしれない。
そんな風に考えるだけで、緋真の肩は小さく震えた。

「あぁ、もしかしてあなたが奥さん!?」
「えっ奥様ですか!?どうします私達…!!」
「そう慌てるな虎鉄、一杯どうじゃ」

この和気あいあい、といった雰囲気をどう解釈すればよいか分からず、ますます緋真は混乱する。
そっと白哉の方へ視線を向けるが、顔を見れば泣いて責めてしまいそうで、じっとその白く大きな手を見つめていた。

その手がどれだけ優しく髪を撫でてくれるか、どれだけ慎重に触れてくれるか。
知っているのは自分だけではないのかも知れないと思うと、ぎゅっと心臓を掴まれたような気持ちになる。


「―――清家」
と、それまで黙っていた白哉が呟いたかと思うと、すっと、どこからともなく忠実な従者が姿を見せた。

「つまみ出せ」

御意、と清家が応えるよりも早く、緋真は白哉と清家の前に立ちふさがっていた。
驚いたように瞠目する白哉と目が合ったけれど、引く訳にはいかなかった。

「おやめ下さい、彼女達を侮辱なさるのですか…!」
緋真としては、不当に扱われた愛人達を庇っているつもりなのであるが、白哉も、庇われている当の「愛人達」もぽかんとしている。
清家だけが何となく訳知り顔をして、勝手にひとつ頷くと一歩下がった。

「殿方は…ひと所に留まってはいられないのだと、聞いた事がございます。でも…でも…っ」
最後の言葉は声にもならず、涙となって緋真の頬を伝う。

白哉の、真っ直ぐな愛情を疑ったことなどない。
今この時でさえ、心から疑っている訳ではない。
ただ、自信のなさが緋真の心を揺すぶっていた。


さすがに事態を呑みこみ始めた白哉は、緋真の誤解に眩暈さえ覚えていた。

「待たぬか緋真、この者らは…」
「いいえ、言い訳などお見苦しゅうございます!」
いやいやをする子どものように首を振って白哉の言葉を遮ると、ぎゅっと唇を引き結んで俯いた。

「…白哉さまのご意思ならば、緋真は…奥で、お待ちしております。…これまでのようにただ、お会いできれば…でも…」
早口になってしまわないように区切りながら言って、思い切って顔を上げた。

朽木家当主の愛人ともなれば、それなりの位を持つ女性なのだろう。
少なくとも流魂街の、それも戌吊出身の自分ではとても追いつけないような女性達ばかりのはずだ。

そんな女性たちに敵うものなど、何も持っていない。
それでも、自分が白哉にあげられるものがあるとするならば、それは。

「でも…、緋真が、いちばん、誰よりも、白哉さまをお慕いしているのだと、…っ、」

ただひとつ、溢れそうなこの胸の気持ちだけ。


「…嫌です、いや、白哉さま…っ」
こんなに誰かを、白哉を独占したくて堪らなくなったのは初めてだった。
自分の中に、こんなに凶暴な感情があることも知らなかった。

ぐるぐると渦巻く感情の波の中、ほんの少し残った理性が冷静に、自分のひどい我侭を叱責していた。
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