BLEACH

□Clear starlit night
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明かな星影、満つる夜。


 Clear starlit night


晩夏の夜風が心地よく頬を撫で、柔らかな髪を弄ぶ。
好き勝手にはねる髪が、頬や額に流れるのを直さずにいるのは、緋真の手が今、とても忙しいからである。

「風が気持ち良うございます、白哉様」
言って顔を覗き込んだが、伏せられた瞼はぴくりとも動かない。

先程から、囁くように何度語りかけても、目覚める気配どころか身じろぎすらしないのである。
いくら酒を呑んでいるといっても、ここまで正体を失くす白哉というのは初めてだ。
よほど疲れているのだろうか、と心配する心を上回って、緋真は嬉しくなっていた。

愛しい人に膝を貸すというのが、こんなに心地よいものであったとは。
痩せぎすの、細い膝では寝心地もあまり良くはないだろうに、よく眠っている。
それを良い事に、緋真はずっと白哉の髪を撫で続けているのである。

ふふ、と微笑んで、ゆっくりと慎重に、ひとつひとつ牽星箝も外す。
整えるまでも無くさらりと落ちた黒髪は、丁寧に指をさしこんで持ち上げると、するすると指の隙間から零れ落ちていく。

髪を留めていない時の白哉はとても自然体なような気がして、緋真はそれがとても好きだった。
朽木白哉ではなく、ただの白哉でいるような、そんな気がするのだ。
どちらも白哉の本質であるのに変わりはないのだが、それでもやはり、自分の前だけのその姿が嬉しいと思う。

いつも自分より遅寝早起の夫の寝顔を、まじまじと見られる事も無い。
焼き付けるようにじっと見つめていたが、ふと思い立って、緋真は自分の帯を締めていた飾り紐を解いた。

急く気持ちを抑えながら、そっと、白哉の長い黒髪をひとつにまとめていく。
緋真の膝にくっ付いている部分の髪も上手く体勢をずらしながらゆっくり引きぬいて、最後に高い位置に結い上げた。

飾り紐では少々尺が長すぎるが、何度か折り畳んで、さらに何重にも巻けばようやくそれらしくなった。

「…白哉坊、でございますね」

微笑ましいような、悪戯っぽいような気分になって、緋真はクスクスと笑みをこぼした。

実は先日、緋真は清家から白哉の幼少期について教えてもらったのだ。
清家は少し困ったように、四楓院家の姫君と白哉坊の話もしてくれた。
彼はあまりというかかなりその呼び名を嫌っていたようだけれど、無邪気に戯れる白哉というのはとても微笑ましい。

その頃の直情的な白哉というのは想像するしか出来ないが、髪型くらいなら再現できるかも知れない、という安直な思いつきだった。

些か気分も弾んだところで、しかし、唐突に手首を掴むものがあった。

「随分楽しそうだな、緋真?」

「…!白哉さま、起きて…!」

思わず息を詰めると、しっかりと閉じていたはずの白哉の瞼がぱっちりと開き、夜色の瞳と視線が絡まる。

「いつから、お目覚めで…」
「さてな。お前は私の髪が気に入りのようであったが?」
意地の悪い笑みを浮かべる白哉に、撫でるように指を絡められ、頬に熱が灯るのを感じる。

自分が上から白哉を見下ろすことなどまず無かったと気付けば、先程とは打って変わって急にどうしたら良いか分からなくなってしまう。

「その…ご幼少の頃の、お姿が…」
「なるほど、緋真は私の幼少時代の姿を知っているのだな」
「あ…それは、その…」
誘導尋問というよりは墓穴を掘っているような気になってきて、緋真は「清家さまより伺いました」と大人しく白状した。

白哉は少々不機嫌そうに眉間に皺を寄せたが、「申し訳ございません」と緋真が項垂れると、繋いでいない方の手で、宥めるように緋真の髪を優しく梳いてくれた。

甘やかされている、と感じる。
たった今まで、甘やかせているような気がしていたのに。

そっとうなじを掴まれて、引き寄せられる。
一瞬だけ触れて離れた口づけだったけれど、きっと夜目にも分かるほど頬も耳朶も赤い。

うなじから手が離れた事をきっかけにして瞼を開けると、柔らかく細められた瞳とぶつかる。

いつもより、自分の鼓動がうるさいのは気のせいだろうか。
白哉の身動ぎに合わせて、ひとつにまとめた黒髪が膝から零れ、床に流れる。
少年の頃の面影を見ようと思ったはずが、思いがけない艶に緋真はもう一度息を止めた。

さやかな星影は、月明かりよりも密やかに、彼のかんばせを照らし出す。


「今度は私の番だな」

ふたたび伸びてきた指先が唇を辿ったかと思うと、ゆっくりと身を起こした白哉の腕に抱きすくめられる。
そのまま抱え上げるようにして膝に乗せられ、あっという間に背中から抱え込まれた。

恥ずかしさでじっとしていられずに、思わず身を捩って降りようと試みるが、腰を絡め取られて逆に深く抱きしめられる。

「見てみろ」
促されて、緋真は白哉の視線を追ってそろりと顔を上げた。

真っ黒な夜空に細い筆で、ひとすじ刷いたように残った三日月。
それを取り巻く、銀砂をまいたような星々。

恥ずかしさも忘れて、緋真はひとつ、大きく瞬きをした。
「…美しゅうございますね…」
吐息混じりに呟いた感嘆の言葉と同時に、自然と微笑みが浮かぶ。
きっと今、背中の彼も同じように星を見ている。

「お前越しに、ずっと見えていた」
「…白哉様…」
「次は私の膝を貸してやろう」
からかうように耳元で囁かれれば、またしても頬が紅潮する。

「もう…白哉様は、緋真をからかってばかり…」
微かに笑ったような、そんな気配を感じて、緋真も小さく微笑んだ。

触れ合っていると、彼の鼓動や吐息が体じゅうに伝わってくる。
それはこの上なく幸福だけれど、出来るならもう少しだけ、この膝で眠っていて欲しかったと思うのは欲深だろうか。


愛しいこの人が、ほんのわずかでも、わたしを安らぎに思えますように。

もう一度満天の星空を見上げ、もうすぐ新月ですねと、緋真はそっとささやいた。



***fin***



 

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