BLEACH

□Fictitious day
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何かが、遠くの方で響いている。
どこかを荒々しく削っているような、強く擦っているような。
まるで地響きにも似た、衝撃を伴う轟音によってうたた寝から揺り起こされた緋真は、ぱちくりと瞳を瞬かせた。


 Fictitious day


「夢…?」
呟いてから、あぁやっぱり夢だわ、と納得する。
静謐な時間の流れる朽木家に、夢の中の騒音はひどく不釣り合いだ。

どうやら縁側で庭先を眺めていて、そのまま眠ってしまったらしい。
時刻を確かめれば、眠っていたのはそう長くないと分かる。
が、稽古事が無い日だとはいえ惰眠を貪ってしまったのが何だか居た堪れない。
そのうえ、白哉が帰宅する刻限が近づいている。

「大変…っ」
呟いた緋真は慌てて立ち上がり、駆け足にならない程度で玄関へと急いだ。
広大な朽木家の最奥にある主室から玄関までは、緋真の足でなくとも大層な時間がかかる。

白哉さまは、もうお帰りかしら。
折角はやくお戻りだというのに、私ったら…。

焦りから、自然と足は速まる。

「―――え…?」

その緋真が、ぴたりと足を止めたのは、聞き覚えのある音がしたからだった。
正確には、夢の中のあの轟音が、はっきりと覚醒した耳に届いたのだ。
それもひどく近く、目の前の角を曲がった先から聞こえてくる。

どうやら夢ではなかったらしい…が、それにしても怪しすぎる。
誰かいないかと一瞬あたりを見回した時、もう一度轟音が響いて、緋真はびくりと身体を震わせた。

じっと動かずにいると、その音に混じって、高い笑い声が聞こえてくる。
耳を澄ますと、どうやらそれは子どもの声らしい。
はしゃいだその笑い声に、いくらか緋真の緊張も和らいだ。

今までこの屋敷で子どもを見かけたことはないが、一族かどこかの子どもが遊びに来ているのかもしれない。
ほんの少し暢気すぎる考えが緋真の頭に浮かんだ時、思いがけない声が聞こえた。

「―――何をしている」

聞き間違えるはずもない、低すぎずによく通る、耳に馴染んだ彼の声。

「…白哉さま…?」
吐息にすらかき消えてしまいそうな声で呟いた緋真は、少しだけ勇気を出してみた。
はしたないとは思いつつも、そっと角から覗き見る。

激しい音を立てて、何やら廊下をものすごい勢いで滑る少女。
そして何故か、諦めたように目を伏せる白哉が、そこにはいた。

緋真はぽかんとした表情で2回まばたきをしたが、別段なにが変わるわけでもなかった。
いや、瞬きの間に少女は遥か彼方まで滑ってまた戻ってきていたのだが、緋真の目で追える速さではない。

「…いったい、何事でございましょう…」
夢でも有り得なさそうな光景に思わず半身隠れたままでいたが、隠れる事でもなさそうだと思い至った緋真が、一歩を踏み出した時。


「―――お茶のしたくが、ととのいました」

凛と美しく、けれど平坦な声が聞こえてきて、緋真は不自然な姿勢で固まってしまった。

声の主は唐突に現れたとしか思えない、盆を持った女性である。
この屋敷の使用人が着る揃いの着物でもない、黒く素っ気ない着物を纏った女性は、この少女の母にも見えない。

それに、あんなところに部屋があっただろうか。
あそこは…壁、ではなかっただろうか。

白哉のもとへ嫁ぎもう随分経った。
至らないところが多いと感じている緋真だけれど、屋敷の配置は真っ先に頭に叩き込んだことのひとつだ。

「やったぁ!今日のおやつなーに!?」
嬉々とした声をあげる少女は白哉の横を通り過ぎ、当然のようにその部屋へ入っていく。
それを視線で見送った白哉は、何とも言えない表情でその部屋を見つめている。

開いたままのその部屋からは、複数の女性達の楽しげな声が漏れ聞こえてきて、緋真は驚愕に目を見開いた。
よもや、使用人達の休息場という訳ではないだろう。

―――まさか。

緋真の胸に、ひとつの疑惑が浮かび上がる。

白哉に不審がられる事も無く、廊下で遊ぶ子ども。
その子を、白哉の傍らで呼ぶ女性。
隠された部屋。
何人もの若い女性達が、お茶や菓子を楽しむような空間。

その部屋をじっと見つめる、白哉の横顔―――。


「―――そんな…」
思わず漏れた言葉は、自分でも驚くほど弱く細く、震えていた。

信じられない、信じたくない。
でも、まさか、だって―――。

のど元までせり上がった声が、吐息となって小さくこぼれる。

緋真は意識して深く息を吸い込むと、力の抜けた膝を叱咤して歩き出した。
ここで逃げ出してはいけない、そんな気がするのだ。


たとえ―――

そう、白哉が、隠すように女性達を囲っている、なんて事があったとしても。
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