BLEACH

□It's too hot ?
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ある日の夕食、朽木家。


  It's too hot?


今日はどんな一日だったかとか、あの庭の草花はどうだとか。
そんな穏やかな会話が取り留めもなく続き、緋真の笑顔に白哉の顔も優しげに綻ぶような、そんなささやかな夕食の時間。

二人の前に並んだ膳も、会話のうちに少しづつ量を減らしていっていた。


「まぁ、では、庭にまた梅を?」
「あぁ、もう少し植え足しても良さそうなのでな」
白と赤、どちらが良い、などと暢気な話していた、その時。

ぴた、と緋真の箸がとまった。
それも、箸を口に入れたまま。

くわえ箸なんて行儀の悪いことを、と常なら思える緋真だが、今ばかりはそれを考える余裕がなかった。

「どうした、緋真?」
訝しげに白哉に呼ばれた緋真は、はっとして顔を上げ、慌てて箸を置いた。

「い…っいいえ、何でも…」
ございません、と続けようとして、ぐっと喉がつまった。

咄嗟に畳に手をついたはずみで、からん、と置いたばかりの箸が転がり落ちる。

「…っ」

堪え切れずに体を折り、ごほごほと激しく咳込む。
白哉が向かい側から飛んでくる気配がしたが、それを気にかける余裕もなかった。

「どうした緋真!?」
慌てた様子の白哉に支えられるように抱き込まれ、白哉の手がまだ咳の止まらない背中をさすってくれる。

「何でもないのです、ごめんな、さ…っ」

言ったそばから息が詰まり、白哉がまた背をさする。
心配げな表情がちらりと見えて、緋真はひどく申し訳ない気持ちになった。

咳込んだ理由ははっきりとしていた。


「落ち着いたか?」

頭の上から尋ねられ、緋真はこくりと小さく頷いた。
耳まで赤いのは、咳込んだせいだけではない。

「飲めるか」
いつの間に白哉が用意させていたのか、一杯の水が差し出される。
「はい」、と緋真が受け取ると、白哉がそれはそれは心配そうに見つめてくるので、緋真は水を飲むだけなのに緊張してしまった。

それでも何とか喉を通った水でようやく落ち着くと、それまでずっと背を撫でていた白哉の手が急に緋真をぎゅっと抱きしめた。

突然の事に、緋真は思わず全ての体重を白哉に預けてしまう。

しかし、緋真の体重くらいで白哉が揺らぐはずがない。
しっかりと抱き込められる。

「…大事ないか」
「…はい。…ごめんなさい、白哉さま…」

病気でもないのに、それも食事中にこんな風に白哉を心配させてしまうなんて。
そう思って謝ったのだが、白哉は「謝ることではない」と更にきつく緋真を抱きしめた。

「何かあるのなら、すぐに医者を…」
「えっ!」

反射的に顔を上げると、すぐ側に至極真剣な白哉の眼差しがあった。

「…何か、思い当たる理由があるか」

聞かれたところで、すぐに返せる言葉が見つからなかった。


―――言えない。

こんな馬鹿みたいな下らない理由で、白哉を心配させてしまったなんて。

―――言えない。

…辛い、なんて。
…いいえ、辛すぎるなんて。


硬直したまま、緋真は自分の口元をそっと押さえた。

あの瞬間、緋真が口にしたもの。
それは、真っ赤な唐辛子色に染まった、舌が焼けるほどの激辛料理。

食べ物の好き嫌いをする方では無いのだが、辛いものはあまり合わないらしい。

それでも、これまでは食べられない事などなかった。
残すのは、作ってくれた人にも食べ物にも失礼だと思う。

だから赤い色したこの料理にだって箸を伸ばしたのだが…。
それがまさかこんなに、辛い、なんて。

まだひりひりと痛む口元やら喉やらを堪え、緋真は「大丈夫ですから」と繕うように笑ってみる。

しかし、そんな程度で引き下がる白哉ではない。
何せ、緋真に関しては子供のような頑なさがあることを自覚すらしている白哉なのだ。

「何かあったのか」
「おかしな味でもしたのか」
「他にどこか痛むか」

冷静さはいつも通りだが、これは何が何でも聞き出そうとする態だ。

「まさか、ど…いや、屋敷内でそのような…」
そこまで話が発展し、緋真は焦りだした。


「ちがっ…おかしな味だなんて、本当に」
「では、理由は分からぬのか。…そうか…ただ噎せただけならば、それでよい」

そう言われて、急に緋真は悪い事をしているような感覚に襲われる。
よく考えてみるまでもなく、そして誰の目から見ても、嘘やごまかしの苦手な緋真だった。

白哉の腕の中で、きゅっと一度、目を閉じた。

例え呆れられても、こんな風に白哉を心配させる方が不本意なのだ。
意を決した緋真は、小さく息を吸い込んだ。

「…違うのです、ただ…っ辛くて!」


…ぽかん、という表現のよく似合う沈黙が流れる。

ちらりと白哉を見上げると、まさしく呆気に取られたような顔で緋真を見つめていた。

その表情が何だか…かわいいかも、なんて思ってしまって、ついぼんやりとする。
やだ、何考えてるの、とすぐに目を伏せたけれど。

「あの…ごめんなさい、お気を悪く…」
「いや…そうか…」

呟くように言って、白哉はおもむろにまた緋真の背を撫でた。

「私は愚か者だ」
「…え?」
白哉の突飛ともいえる言葉に、今度は緋真がきょとんとする。

「…私に合わせ、調理人はいつも辛いものを更に辛くさせるのだ」
「…まぁ」

そこで緋真ははじめて、自分の咳込んだ本当の本当の理由が分かった。

一般的に思われる辛い料理が、朽木では白哉に合わせた激辛料理になっている。
それは繊細な舌を命とする調理人が味見を躊躇うほどで、緋真が咳込むのも無理はないというものだ。

だがそんなことを知るよしもない緋真は、なぜ白哉が愚かだなどという話になるのか分からず、小首を傾げた。

「しかし、今この家には緋真がいる。…その配慮が足りなかった。…許せ、緋真」
「……そんな、白哉さま…」

そんな事ない。

白哉はいつだって、優しく緋真を気遣ってくれている。
決して分かりやすいとはいえないけれど、それでも、いつでも確かに白哉の愛情を感じていた。

緋真は白哉の目を見つめながら、ゆっくりと首を振った。

「白哉様がお好きなもの、知らなかった私が恥ずかしいです。…好きになりたいです、私も、白哉さまがお好きなものを」

ふわりと微笑んだ緋真と、つられて浮かんだ白哉の笑顔に、二人を包む空気まで優しくなる。

「…では緋真、自愛しろ。それが一番だろう」

あっさりと、白哉はひどく真面目な顔をして言った。


……それは、つまり。

かかか、と頬が熱くなる。

このひとはどうして、こうしてふいに爆弾を落としてくるのだろう。
からかう様子もない白哉に、逆にからかって下されば、とまで思う。

咳込んだせいで潤んでいた瞳が、余計にじわじわと潤みだす。

「…気を、つけます…」

それしか言えずに、また黙りこむ緋真の背を白哉はぎゅうっときつく抱いた。

…ほら、やっぱり優しい。

そっと背中に腕をまわし、喉の痛みなんてすっかり忘れて、緋真は素直に白哉に甘えた。



「これ、そこの」
「はい、清家様」

「膳を下げるのは後でよい」
「…はい、かしこまりました……?」

訝しみながらも、いつもより遅れて膳を下げにきた女中に声をかけられ、ようやく慌てて離れる事になる、当主夫妻だった。



―――翌晩。

彩り豊かに盛られた膳に、緋真は赤いものを発見した。

…これは、夕べと同じ…?

チラリと白哉を見るが、素知らぬ顔で箸を進めている。
ごく、と緊張しながらも、緋真はそれに箸をつけた。

ぱくりと口に入れた瞬間に、緋真は思わず目を瞬かせた。

…美味しい。

見た目は昨日と変わらないけれど、打って変わって辛みは風味程度だ。
海鮮のダシが効いていて、とてもおいしい。

ぱっと白哉を見ると、白哉は少し気恥ずかしげに、わざとらしい真面目な顔を作っていた。


ただ緋真の食事から辛いものを抜くのなら簡単だっただろう。
それでも白哉は、好きなものを一緒に好きになりたいと言った緋真の願いを叶えてくれたのだ。

思わず、笑みが浮かぶ。
不器用な、優しいひと。

かちゃ、と緋真がもう一口いったところで、ふと白哉と目が合った。

「口には合ったか」
「はい、とっても」
「そうか」

簡単で、短い受け答えだったけれど、ふたりは和やかな笑みを浮かべ合った。

…その、一瞬あと。


―――どば。


「…?」

呆気に取られる緋真の前、白哉の小料理に、唐辛子が大量投入される。

「…あの…白哉、様…?」
その赤いものは一体。

「気にするな」

いいえ、でも、気にするなと言われても。

見つめる緋真を気にもせず、白哉は淡々と食事を開始する。

―――同じもの、は、好きになれるかしら…―――

脇に置かれた唐辛子の小瓶に手を伸ばそうとして、そっとその手を戻した緋真だった。

「どうした」
「いいえ、何でも…」


ある日の夕食、朽木家。


***FIN***



 

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