The Prince of Tennis

□Once upon a sunny day
1ページ/4ページ


とある一日、越前家。


 Once upon a sunny day


のんびりと洗濯ものを干しながら、桜乃は朝から上機嫌だった。

朝寝坊な旦那様はまだ寝室のベッドで夢の中だけれど、せっかくのオフに無理に起こそうとは思えず、桜乃は鼻歌を歌ってタオルを次々干していく。

今日はリョーマのオフ。
それだけで、桜乃の機嫌はかなり上々だった。

実をいうと昨日は少しだるっぽさを感じていたのだけれど、よく眠ったおかげか今朝はすっかり元気いっぱい、良い休日になりそうだ。

桜乃の腕に抱えるには余りある大きさのカゴには、陽気な今朝を待っていたかのような洗濯物が積まれている。
二人分の洗濯ものなんてそう多くはないはずなのだけれど、とにかくタオルとTシャツの量が多い。
リョーマの職業上当たり前の事なのだが、桜乃は、一緒に生活していると実感できるこの作業がとても好きだった。

やわらかい風を受けて、ぱたぱたと洗いたての洗濯ものがひらめく。
満足げに鼻歌を鳴らしながら、ちょうど洗濯カゴが空になった時、それを隣からひょいと取り上げる腕があった。

「朝からゴキゲンだね」

「リョーマ君!おはよう、早いね?」
「…なんか、目、覚めた」

そうは言うが、まだまだ眠そうにしている。寝間着がわりのTシャツとスウェットもそのままで、今にも洗濯カゴを抱えたまま眠ってしまいそうだ。

彼の寝起きの悪さは昔から変わらない。
起こす前に起きて来たのだから、今日の寝覚めはかなり良い方だった。

桜乃は微笑んだまま、寝ぼけまなこのリョーマからおはようのキスを受けた。

挨拶のキスにしては長すぎるそれをまるで隠してくれるかのように、優しい香りの洗濯物がふわりとはためいた。


リョーマと一緒に縁側から室内に戻って、桜乃は朝食の支度をしようとキッチンに向かった。
するとリョーマは何故かついてきて、冷蔵庫に寄り掛かってじっとこちらを見つめている。
その足元には、空の洗濯カゴ。

「あの…リョーマ君?座っててくれたら、すぐ用意するよ?」
何だかちょっと気恥ずかしくて、桜乃は頬を赤らめて言った。

「…もういいわけ」
「え?」

なんだか、ちょっと心配げな感じ。
よく分からなくて、桜乃は首を傾げた。

「昨日、ちょっと具合悪そうだったじゃん。もういいわけ?」
「あ…」

…気付いてくれていた。
昨日、少しだるっぽく感じていた事に。
もしかしたら、それで早起きもしてくれたのだろうか。

夕べ、やけに早くさっさと眠ってしまったのも、休ませてくれようとしたのかも知れない。
ぶっきらぼうな物言いは彼の照れ隠しだと知っているから、きゅう、と胸がいっぱいになる。

「うん…!すごく、元気だよ」
大きく頷きながら言うとリョーマは「あそ」と言って、洗濯カゴを持って出て行った。
脱衣所に戻しに行ってくれたのだろう。

リョーマのぶっきらぼうな言葉にはいつも、甘さも優しさも充分こめられている。
だから、桜乃はいつだって幸せなのだ。


リョーマはすぐに戻ってきたかと思うと、真っすぐキッチンに入ってきて、徐に冷蔵庫をがさごそやって、味噌とわかめを取り出した。

桜乃は、思わずきょとんとして夫を見返す。

「…リョーマ君?」
「手伝うよ」
そう言って、小さく笑った。
マスコミやファンや、対戦相手に向けるような意地悪げな笑みなんかじゃない。
穏やかで優しくて、思わずつられてしまいそうな、そんな笑み。

「…あ、お味噌汁なら、あとね、お豆腐とかも…そうだ、じゃあわたし、お魚焼くね!」
何だか楽しくなって、桜乃も冷蔵庫に近寄ろうとした…のだが。

「ダメ」

さっと冷蔵庫の前を塞がれて、背中に腕を回される。

「…リョーマ君?」
どうして、と言いかけたところで、背中に結んであったエプロンのリボンが解かれた。

「きゃ、…っどうしたの、リョーマ君?」
エプロンを外されただけだというのに頬を赤くする自分もどうかと思うのだが、味噌とわかめを片手に楽しそうなリョーマもちょっとよく分からない。

「いいから、エプロンも外して。オレが支度する」
そう言ってまわれ右をさせられ、ほらほらとキッチンから追い出されてしまう。

「え、あの、リョーマ君っ」
「座ってて。テレビでも観てなよ」
妙に上機嫌なのだが、背中を押されてもまだ桜乃はちょっと、かなり、不安だった。

彼がキッチンに立っているところなど、冷蔵庫を覗いている時くらいしか見た事がない。

「えっとね、わたしも、手伝…」
「いいって言ってんの」
ぐいぐい押されて、ついにリビングのソファにまで辿りついた桜乃は、とうとう観念してソファに座った。

「じゃ、出来たら運ぶから」
「あの、いつでも呼んでね、すぐに行くから…」
「アンタは心配しすぎ」
自信満々に笑ってキッチンへ戻っていく後ろ姿を、桜乃はハラハラしながら見送った。




次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ