The Prince of Tennis
□Burn with passion
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「がんばって…がんばって、リョーマ君」
震えるほど強く握り合わせた手に、祈りを込める。
テレビ画面越しの彼は、遠く離れたアメリカの、広いコートにひとりきり。
リョーマと同じく、熾烈なトーナメントを勝ち抜いてきたイギリス出身の対戦相手は力強く、リョーマの放つサーブを弾丸のような速さで切り返す。
リョーマもそれに負けない力で相手を押し、最後はジュースにもつれ込んだ。
アメリカで、日本で、イギリスで…世界中の人々が固唾を呑んで見守った、ワンプレイ。
「(お願い…リョーマ君、リョーマ君…)」
声すら忘れて、桜乃はただ見つめていた。
世界中の誰よりも桜乃の心を大きく占める、桜乃のいちばん、大切な人。
彼の夢は桜乃の夢で…それはきっと、彼が叶えてくれる。
―――そう信じて。
彼はポーン、ポーンとボールをついて、これまでの疲れなどまるで感じさせない、強力なサーブを打ち込んだ。
ボールは相手のラケットをすり抜けた。
コートラインのギリギリでボールは大きく跳ね、壁にぶつかった。
その一瞬の静寂の後。
静かな興奮に包まれていた観客席が地響きのように巨大な歓声をあげた。
美しく凶暴な、最高のスマッシュだった。
桜乃は呼吸を忘れたかのように息を詰め、空に向って拳を突き上げるリョーマの背中を見つめた。
ひとすじ涙が頬をつたうと、次から次に溢れてきて、だんだん視界が悪くなって、ついに彼の姿もぼやけて見えなくなる。
体中があつい。
それでも、映し出される彼だけを、もうほとんど役に立たない両目で追い続けた。
ギラギラと輝く太陽に照らされた真夏のアメリカ、全米オープン。
そこに、ひとつの伝説が生まれた。
―――日本人最年少、二十歳の王者誕生の瞬間だった。
その日、桜乃の身の回りは絶えず騒がしかった。
早朝部屋にやってきた母はひどく興奮しており、ニュースで知ったリョーマの事を早口にまくしたてた。
もちろんリアルタイムで試合を見守っていた桜乃は知っていた事だが、曖昧に頷いておく。
昨晩は、試合が時差の関係で夜中であったのと興奮から睡眠はあまりとれなかったのだが、頭は妙にすっきりしていた。
号泣したせいか、まぶたは少し重いけれど。
リビングでテレビをつけると、美人で有名なアナウンサーが熱狂した様子で何かを話していた。
それがリョーマの話題であると理解したとたん、また心臓が騒ぎだした。
リョーマが本当に優勝したのだとしみじみ実感すれば、リョーマを少し遠く感じてしまう。
でも今は…勝利を手にした彼のすべてを讃えたい気分だった。
ふと思いたって、チャンネルを変えてみた。
そのチャンネルでも、リョーマの試合のダイジェストを流しながら、リョーマの経歴などについて語っていた。
もう一度、別のチャンネルに変えてみる。
映し出されたリョーマのアップと、緊急特集とタイトルが付けられた番組内容。
桜乃は驚いてチャンネルを一周させ…呆然として、リモコンを取り落とした。
どのチャンネルでも、朝のニュースでリョーマを大々的に取り上げていたのだ。
「(うそ…こんなに、すごいの…)」
考えてみればマスコミの反応も当然のことなのだが、桜乃は自分の認識の甘さを改めて思い知った。
世界4大大会のひとつであるアメリカ最大の大会で、若干二十歳の日本人の青年が優勝したという事は、世界中を揺るがすのに何ら不足のないビッグニュースであるのだ。
「すごい…リョーマ君…」
ぼんやりと呟いてから、ソファに座り込んだ。
少し遠く、どころか、随分遠い人になってしまったみたいで。
昨日から心の落ち着く暇もなくて忘れていたのだが、ふと、そういえば彼から連絡が来ていないことも思い出した。
他でもない彼自身に、まだお祝いのひとことも掛けていない。
でも…別に毎日連絡を取っている訳でもないし、それにこんなに大きな大会で優勝して、今頃きっと忙しくしている。
日本にはいつ帰れるのだろう…今週中?それとも、来週になる?
それすら分からなくて、桜乃は急にしゅんとした気持ちになってしまう。
彼の勝利を誰より喜んでいるはずなのに、寂しく思うなんて間違っている。
寂しさなんかよりも、喜びの方が大きいはず、そうに決まっている。
言い聞かせるように、桜乃は唇をかんだ。