The Prince of Tennis

□The knot
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ガシャーン、と。

派手な音を立てて、グラスが割れた。


波乱の一日の、それが幕開け。


   The knot



「いつまでヘコんでんの」

ダイニングテーブルの向かいで、妻はがっくりと肩を落として俯いている。
長い黒髪に隠されて表情はまるで見えないが、時折、はなをすする音まで聞こえてくる。

「…だって…すごく大切にしてたグラスだったのに…」
拾い集めたグラスは、もはや原型を留めないほど悲惨な状態で目の前にある。
怪我をしなかっただけ有り難い。


「破片見つめてても何にもなんないんじゃない?」
「そうだけど…リョーマ君は、怒ってないの…?悲しくないの…?」
涙に潤んだ瞳で見上げられて、リョーマは一瞬息を詰めた。

いくら新婚とはいえ、中学時代からの恋人に未だにときめいてしまう旦那ってどうなわけ、とリョーマは呆れ半分に額を押さえた。

「オレは怒ってないよ。まぁ所詮もろいグラスだし、仕方ないね。高いグラスって割れやすいし」
気にするな、と割ってしまった桜乃に対してフォローをいれたつもりだった。

だが、顔を上げた桜乃の瞳には何故か怒りが滲んでいて、リョーマを柄にもなくうろたえさせた。
滅多に感情を荒げない彼女の、こういう表情には弱い。


「…桜乃?」
「…ほんとに…どうでもいいの?リョーマ君にとっては…ただのグラスなの…?」
怒りの中に悲しみを含ませた声で聞いてくるものだから、リョーマはますます混乱する。
リョーマの中では、グラスはグラス、物は物でしかない。

「…新しいの買えばいいじゃん、今日オフだし」
「…っそうだけど…!」

「それにグラスなんていっぱいあるじゃん、桜乃は気にしすぎ」
「…そうだけど…っそういうんじゃないのっ、リョーマ君のバカ!」

突然立ち上がったかと思うと、瞳にいっぱい涙を浮かべたまま、桜乃はバタバタとダイニングから飛び出して行ってしまった。

「ちょっ…桜乃!?」
呼び止めるも虚しく、足音が遠ざかる。

ダイニングとリビングを繋げた造りの、広い空間にぽつんと一人取り残されたリョーマは、唖然とした表情でそれを見送った。

「………このグラスが、何だって?」

ぽつりと呟いてみるが、答える者は誰もいない。


グラスや皿が割れることは、頻繁でもないが、これといって珍しくもない。
何が桜乃をあそこまで悲しませて、自分の何が桜乃を怒らせたのか分からないまま、リョーマはだんだんイラだってくる。

桜乃を怒らせるどころか、グラスの片付けを手伝って、割れたグラスに悲しむ桜乃を慰めようとしただけだというのに。


「…何なわけ、アイツ」



越前家、はじめての夫婦喧嘩の勃発である。



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