The Prince of Tennis
□はじまりの朝
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―――なんか、柔らかい。
腕の中に柔らかな感触を感じて、リョーマは重い瞼をあげた。
品の良いブラウンのカーテンの隙間からこぼれたさらさらの朝の光が寝室の、ベッドまでをほんのり明るく照らしている。
視線を下げてみて、肌触りが気に入って選んだシルクのシーツがやけにふっくらしている事に気がついた。
ぎゅ、と腕を締めてみると、ん、と小さな甘い声が耳に心地良く届いた。
少しだけ意識が覚醒して、リョーマは頬を緩めた。
そうだ、この腕の中にはいつも、ただひとりだけ。
小さくてふわふわで、とけそうなぐらい甘くて。
頼りなげで危なっかしいくせに、信じられない強さを持ってこの心に在る。
シーツごと抱きしめているせいで、シーツにすっぽり埋まって髪の先すらも見えない、俺の可愛い人。
昨日、神の前に誓った永遠は、本当はずっと前から誓っていたこと。
それをようやくお披露目して、自分のものだと公言できた。
まっさらな、純白の。
器用にチラリとシーツを捲くってみると、頭のてっぺんが見えた。
サラサラの髪が呼吸にならって、僅かに動いている。
「桜乃。」
あまりにも可愛くて、名前を呼んでみる。
起こす気など毛頭ない、ささやかな呼び掛けに、
やはり応答はない。
それでも、この腕にいる。
安心しきったみたいに、全部、預けたみたいに。
リョーマは緩む頬を抑える事もなく、他の誰にも見せたことがない甘い微笑で、桜乃の髪に口づけた。
この幸せな朝を、独り占めして満喫するのも悪くない。
でも、どうせなら桜乃と見つめ合って、ふたりで幸せを感じ合いたい。
リョーマはめくっていたシーツを戻して、桜乃が寝にくくないように腕の位置を修正してやり、自分も目を閉じた。
小さな桜乃の頭を抱えるような形になって、ふたりの距離はもっと縮まる。
さぁ、もう一眠りして、それからふたり一緒に目を覚まして、名前を呼んで、キスをして…―――。
あまりにも自分らしくない夢見がちな発想に、この辺は少し桜乃に感化されてるのかもね、とリョーマはやっぱり微笑んだ。
あまりにもぴったりくっつく事が出来て、ふと、あれ?と思ってしまう。
それというのも抱きしめて眠る時の桜乃はいつも、胸の前に両腕を納めているから少しだけ、距離ができる。
それが今日は腕でなく、柔らかな桜乃のからだがぴったり寄り添っている。
…背中に感じる、細い、柔らかい、愛おしい腕。
気付いてしまったらもう、嬉しくて仕方ない。
肌を重ねるより、どうしてだろう、すごく、ひとつになれているような、そんな気になる。
…まずいね。
ちょっと初日から、先が見えてしまった気がする。
…わが家の支配権を握るであろう、甘い笑顔の愛しいひと。
―――ほわん、と微笑んでいるだけ、守られているだけの、弱い女なんかじゃない。
けして激しくはないけれど、それでも時々――…いや、いつも。
こんな風に、どうしようもなく、愛おしさを感じさせる。
ここ一番の俺の我が儘を、許してくれた、待っててくれた。
そんな桜乃がどんな我が儘を言ったってもう、俺に拒否権はないのに、傍らのお姫様は、いつまでたっても気付かない。
桜乃の我が儘ならいくらだって叶えてやるのに。
―――…それを言わないできてくれた桜乃だから、そう思うのか。
それは少し、勝手すぎやしないか。
俺を待ってくれていた数年は、けして短い時間じゃない。
罪悪感がない訳じゃない、だけど、後悔はない。
俺は、俺の選んだ道を進まなくちゃいけなかった。
それを身勝手だと、桜乃を泣かせるかもと、分かっていて。
だけど、ようやく手に入れた。
俺の腕に、もう一度帰ってきてくれた。
もう二度と、手放すなんてごめんだね。
「…まぁ、これから一生、手放してやる気なんてないけど。」
ほんとは振り回されてんのは俺の方だって…これは悔しいから絶対、気付かせてやんないけどね。
…ねぇ、早く目を覚ましてよ。
そしたら最高のキスで、一日を始めよう。
シーツの上からちゅっと音を立てて口づけて、リョーマは再び眠りの世界に落ちていった。
―――これからもずっとよろしく、「越前」桜乃サン。
***fin***