The Prince of Tennis

□My dear...
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穏やかな陽射しが優しく降り注ぐ、よく晴れた春の日に。

わたしたちは、永遠を誓った。








「綺麗だよ、桜乃。」
控室で準備を手伝ってくれていた朋ちゃんは、私を見つめて言ってくれた。

「ありがとう、朋ちゃん。」
「…絶対、幸せになってね。」
瞳に涙を溜めた朋ちゃんに、わたしもさっそく涙腺がゆるくなってきた。

「あ、だめだよ桜乃、お化粧落ちちゃう!」
「…朋ちゃんだって…」
ふたりで少し笑って、メイクさんに言われた通り綿棒を使って涙を吸い取った。
ティッシュやハンカチではいくらウォータープルーフとは言え、せっかくのメイクも台なしになってしまうかも知れない。


「…はやくリョーマ様に見てもらいたいね、桜乃。」
「……うん。」
嬉しくて、でも少しだけ恥ずかしくて…でもやっぱり、はやく見てほしい。


「新婦様、ご新郎様がいらっしゃってます。」
控え目にドアをノックする音。

とたん、跳ね上がる心臓。
落ち着けと、胸元をギュッと押さえた。


「…じゃ、お邪魔虫はあたしが。あの人達、ほんとに空気が読めないんだから…また後でね、桜乃。」
「え?う、うん、またね?」

わたしが首を傾げているうちに、ぶつぶつと文句を言いながら朋ちゃんはスッと立ち上がり、ドアを薄く開けて身を滑らせるようにして部屋を出た。

ドアの向こうで、何やら騒がしい声が飛び交う。
何を言ってるのかまでは聞き取れなかったけれど、懐かしい声たちが聞こえて、何だか心が温かくなった。
ドアの向こうにはきっと、彼の中学時代の先輩が勢ぞろいしていることだろう。


やがて、広がる静寂。
それから静かに、ドアが開かれた。


真っ白なタキシード。
整えられた黒髪。
つり目がちな鋭い瞳も、今日は柔らかくて、穏やかで。

……時間が、止まったみたい。

わたしも彼も、お互いぴくりとも動かなかった。


「…リョーマ君…かっこいい。」

無意識のうちに零れ落ちた自分の言葉に、わたしは慌てて口元を押さえた。
あまりの恥ずかしさにリョーマ君の顔なんて見られなくて、つい俯いてしまった。

リョーマ君の、クスクスと笑う声が近づいてくる。
「竜崎、最高。」

「…もう、竜崎じゃないもん。」
精一杯の抵抗とばかりに、彼への文句を探してみた。
彼に敵うはずもない事はもう、充分わかっているつもりなのに。


「まだ竜崎でしょ?」
「…で、でも、今日の式が終わったら……。」
「終わったら?」
楽しそうな、意地悪な声。

…その先は、言えなくなってしまった。
顔が熱くなっていくのが、よく分かる。


「ねぇ…言ってみてよ。」
俯いたわたしの耳元で囁く、甘くて低い、優しい声。
…それだけで、立っていられなくなりそう。

「…――桜乃。」

名前を呼ばれるのは初めてじゃない。
初めてじゃ…ないけど。

今日呼ばれる名前は、なんだかとても特別なような気がして。



「桜乃…――――

…――めちゃくちゃキレイ。」



真っ白なウェディングドレスも。
レースのヴェールも。
華やかなメイクも、キラキラのティアラも。

ぜんぶ、あなただけのもの。


あなたに綺麗だと言ってもらえたら、それだけでわたしはきっと、誰よりも幸せな女の子になれる。



「ねぇ、こっち向いてよ。」

顎に手を掛けられて、そっと上向かせられてしまった。
捉えられてしまえば、もう瞳はそらせない。


腰も引き寄せられて、ふんわりと抱きしめられる。


この腕の中が、わたしの世界一。
辛くて悲しくて、泣いてしまう時も。
嬉しくて楽しくて、弾けてしまいそうな時も。

世界でいちばん、わたしが安心できる場所。
何よりもいちばん、わたしをドキドキさせる場所。

これからもずっと、共に歩んでゆく人の腕。


今日、ここから始まる。
ずっと、続いてゆく。


「…泣くのはまだ早いよ。」
「…うん。」
堪え切れずに零れた一滴を、そっと拭ってくれる指も。

「…ま、今日だけは、泣いてくれるのも構わないけど。」
独尊的な、でも優しいその言葉も。
あなたを造る、そのすべてが愛しい。



「…それと、ちゃんと名乗れるように慣れといてよ。」
「う…うん、頑張るね。」
――…越前、桜乃。
心の中でいちど、呟いた。
…たぶん、しばらくは慣れないだろうなぁ、なんて思いながら。


「ねぇ…誓いのキス、予行演習しとく?」
「ふぇ?…リョ、リョーマく…」
…近づく端正な顔。
抵抗の言葉は、最後までなんて言わせてもらえなかった。
わたしはただ、そっと瞼を閉じるだけで精一杯。

優しく、触れ合う唇。
決して深くはないけれど、体中ぜんぶに染み渡ってゆくような、そんな口付け。




わたしと同じ幸せ、あなたも感じてくれているといいな…――――。









…ねぇ、リョーマ君。

永遠を誓うのは、きっと神様にじゃないね。



それは、わたしたちふたりの約束。


嬉しいこと、悲しいこと、楽しいこと、辛いこと。
ぜんぶ分け合って、与え合って、たくさん、たくさんしあわせ、作っていこうね。


…あなたとなら、きっとそれができる。






わたしの、たったひとり。

世界でいちばん、愛しいひと。









***FIN***

…甘っ!…い?

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