The Prince of Tennis

□つぼみ
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冬の厳しい寒さも和らいで、穏やかな小春日が続く3月。
進路も決まり、あとは卒業式を迎えるだけとなった頃。

わたしは初めて、彼の胸で泣いた。



――――オレ、アメリカ行くから。

いつもとおんなじ帰り道、いつもとおんなじ淡々とした声で、リョーマ君は言った。

初めは、何を言われたのかすら分からなかった。
冷えた指先がただ、小刻みに胸の辺りでさ迷っていただけ。

足を止めたわたしの前で、彼もまた足を止めて振り返った。
視線が絡まる。
迷いの無い、瞳と。

「…何、言われても。オレは行くよ。」
「………。」

なんとなく、分かっていた気がする。
こんな小さな国じゃ、あなたは収まりきらないから。

頷くしか、できなかった。


…止められるはず、無い。
あんなに強い瞳で、前を見据えるあなただもん。

走り続けて欲しい。
あなたの目指す高みへ…あなたの、思うとおりに。
…だから。


「…うん。…応援…してるね。」

震える唇、きっと隠しきれてない。
たぶん笑顔も、ぎこちない。

わたしの強がりも、うそも、照れ隠しも。
いつも簡単に、彼は見破ってしまう。


「…竜崎。」

リョーマ君の腕が伸びてきて、そっと、
わたしの右の頬を包んだ。
親指の腹が、ゆっくりと優しくまなじりをなぞった。


…あぁ、わたしの馬鹿。
どうして、泣いちゃったの…。



普段ならきっと、真っ赤になって俯いてしまう。
でも、今だけは。
この瞳を、彼の、瞳を。

見つめていなくちゃ、いけないと思った。
たとえ涙の滴が邪魔をしても、情けない顔、見られてしまっても。


リョーマ君が、私を見つめてくれるから。


とうとう堪え切れず、ぼとぼとと涙がこぼれて落ちた。

「…ふ…ふ、ぇ…っ」
嗚咽を漏らしながら、それでも瞳はそらさない。
もう見つめ合うことさえ出来ない所に、彼は行く。

わたしはそれを、止められない。



一歩前に立っていたリョーマ君が、距離を詰めた。
近づく視線。

ぐんっ、と思い切り引き寄せられて。


きつく、きつく。
今までに無いほど、それこそ苦しいとさえ思えるぐらい、強く抱きしめられた。


入学したばかりの頃はあまり変わらなかった身長差も、今ではすっかり広がっていた。
すっぽりと、彼の腕に包まれる。


わたしもそっと、彼の背中に腕を回した。
包み込むことは出来ないから、代わりにぎゅっと、制服を握り締めた。






れぐらい泣いたか分からない。
嗚咽も治まってきて、ようやく息も整ってきた。

落ち着いて初めて、この状況にドキドキしてきてしまった。
冷静になったとたん、カァッと顔が火照る。


くつくつと、喉の奥で笑う声が頭の上から降ってくる。
それが更に恥ずかしくて、背中に回していた腕をパッと引っ込めた。


「なんで放すの。」
「だだ、だって…!」

堪えきれないとばかりに、今度はクスクス笑われてしまった。
あぁたぶん、今きっと、耳まで真っ赤だよぅ…。



「ねえ、竜崎。」

呼ばれて、そろりそろりと視線を上げた。
そこには、穏やかな表情の彼がいた。


「オレは世界の頂点に立つよ。」
―――…うん。


「だから…アンタはオレを、信じてればいいから。」
―――――…終わりなんかじゃ、ない。




「必ず…迎えに行くよ。」








それから彼は、卒業式を待たずに旅立った。

なんだか、特例でみんなより先に校長室で一人卒業式をしたみたい。
それを朋ちゃんに話したら、彼女は「まぁリョーマ様らしいっちゃ、らしいよねぇ」と笑った。



花咲く前の、ふくらみをつけた桜並木。
見上げた空の、雲ひとつ無い青。

この空は、彼の空と繋がってくれているのだろうか。
――――…待ってるよ、リョーマ君。



信じ続けることが、わたしに出来ること。


遠い空に、祈りを込めた。








***FIN***

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