U




夜の静寂に
→思わず耳を塞いで妙は座り込む。


「…煩い……」


まだ家ではなかったが、急に闇が迫ってきた気がして一人で立っていられなくなったのだ。


「…莫迦ゴリラ……」


ポツリ、と零してしまったのはいつもは邪険に扱ってしまう、そして、今日は上役の接待で絶対現われない男の呼び名

(どうして…どうして今いないのっ……!)

だから、癇癪を起した子供みたいに頭を振り柳眉を潜める妙をあやしてくれる大きな手は今存在しない。
理解はしていた。
けれど…


「っっ…!」


けれど我慢は出来なくて。ふっ、と一筋零れ落ちた雫に誘われたかのように次々溢れだした涙にただ妙は唇を噛み締めて堪えるのだった。



バトン


嘘にしないで
→素直にそう言えれば何かが変わったのだろうか…?
どれだけ考えても今の妙にはわからない。


「お妙さんっ!」


相変わらず脳天気に目の前で笑う近藤に苛立ちが募り、足を強く上から踏んづけた。

俺と結婚して下さい

昨日は珍しく真面目顔してプロポーズしてきたと言うのに。
少し妙が動揺している間にいつものだらしない笑みを浮かべて《嘘嘘っ!気にしないで下さい♪付き合ってもいないのにこんな事言われても…困りますよねっ!》なんて言いながらさっさと帰って行った近藤の真意がわからなくて。恐くて妙はその件に関して何も言えずにいる。


「あはは!相変わらずお綺麗ですね♪」
「っっ!この莫迦ゴリラ…!さっさと仕事してきなさいよっっ!!」
「えぇ〜!もう少しだけぇ〜〜!!」
「…本当に…莫迦っ!!」


腹が立ちが治まらず、きめた綺麗な右ストレート
吹っ飛んだ大きな身体を見つめながら、妙は柳眉を寄せ、瞳を歪めるのだった。

(あぁ…、忘れられないのは本当は好きだからなのに。いつもふざけたように言うから……何も出来ない――…)



バトン


くだらなくたって
→辛い事があったって
泣きたい事があったって
いつもにこにこ笑っているのはきっと自身の為ではないのだろう。
それはわかっていても、わかっているからこそ苦しくて悲しい――…



…莫迦ゴリラッ……!
「っっ!」


覇気がない後ろ姿にわざと妙は大きな声をかけた。
反応してびく、と震える厳い肩
少しして、その肩の主、近藤はいつもの暑苦しい笑顔を浮かべて振り返る。


「お妙さん!」


妙に気付くと頬をだらしなく緩めて走り寄ってくる近藤。
それを見つめ、妙は柳眉を吊り上げた。
けれど、


「いやぁ〜今日もお綺麗ですねぇ〜〜♪」
「………………………………」
「お妙…さん……?」


けれど、それ以上は全く何も反応しない妙の様子が気になって。怖々近藤は彼女の顔を覗き込む。


ゴフッ…!


と同時に決る右ストレート

(なんで、辛いって表情見せてくれないのっ?!)

妙は倒れた近藤のお腹に重い蹴りをいれた。
ゔっと低く呻く音がしたが気にせず背を向けて歩き出す。


「ゴリラは早く動物園に返りなさいよ」


そのまま側にいたら無様に泣いてしまいそうだったからだ。
だから、余計な音が漏れぬように妙は必死で自身の唇を噛み締める続けるのだった。



バトン


知らずにいたかったのに
→知ってしまった、気付いてしまった妙は必死で首を横に振った。

(有り得ないっ!!)

そのせいだけではないのだが、頭に血が上り息が乱れる。
はぁはぁと息を何度も吐き出して脳内の混乱を収めようとするけれど、上手くいかず…


「好きなんかじゃないっ!!」


落ち着こうと両手を前髪から差し入れて頭蓋骨を押すように押さえ付け、大きな声で否定の言葉を口にした。


「何をですか?」


とほぼ同時に耳に心地良い低音ヴォイスが妙の間近に齎されて。身体がびくり、と跳ね上がる。


「ゴ、ゴリラッ!」
「はい?」
「な、なんでこんな所にいるんですかっ?!」


近藤にはばれたくなくて。真っ赤に染まってゆく自身の顔を誤魔化すように激しく捲し立てる。
けれど、


「お妙さんに逢いたくて来たんです♪」


けれど、それには全く気付かずに近藤はへらり、と笑った。
その邪気が無い笑みに妙の鼓動はどんどんどんどん速くなり体温も高まってゆく。


「今日もお綺麗ですね!お妙さん♪」
「…………そ……ラ……」
「……ぇ…?」
「…………ゃ………そ…リラ……」
「お妙…さん……?」
…仕事しろや、この糞ゴリラァッッ!!
「…グフォォッッッ!」


その為か。
自身の内に潜む熱を放出するかのような妙の右ストレート
いつもの如く、近藤は綺麗に吹っ飛んだ。


「本当…莫迦っ……!」


その安否を気遣う事なく妙は歩き出す。
しかし一度、一度だけ、チラリッ、と振り返る。
その視線の先には鼻血を流し、意識を無くしながらも笑顔の近藤がいて。

(貴方が好きだ、なんて絶対正直に言ってやらないんだからっ!!)

妙は無意識に自身の顔が柔らかく緩んでいくのを気付いてはいないのだった。



バトン


違いすぎる二人だから
→だから…妙は近藤の懐に飛び込めないでいる。

゙大きく離れた歳゙
゙真選組局長とキャバクラの女゙
それらが齎す沢山の差

釣り合わないと妙は何度も考え、幾度も幾度も唇を噛み締めてきた。
けれど、


「お妙さ〜ん!好きで〜す!!」


けれど、そんな妙に構う事なくどんどん近藤は妙の心中に踏み込んでくる。


「お妙さ「煩せぇんだよっ!糞ゴリラァッッ!!」……ゴフッッ…!


だから…だから全てが近藤に染められて心地良いテリトリーから抜け出せなくならないように。

(…あまり……あまり…踏み込んでこないでよっ……!)

今日も妙の華麗な暴力が舞う。


゙正直に゙
なんて絶対無理っ!!




バトン


目があって
→だけども妙が殴りもせず逃げ出しもしなかったのは…近藤が珍しく真面目な顔をしていたからかもしれない。


「お妙さん…よろしければ何処かでお茶でも如何ですか……?」


少し苦笑しながら齎された低音ヴォイス
往来で妙は少し考え込んだが素直に承諾の意を近藤へと伝えた。

(な、なんかあったのかしら……?)

一緒に道を歩いていても特に会話はない。
けれども妙が苛立ったり苦痛だったりしないのは、自身に合わせてくれているゆっくりめな歩調などから近藤が気遣ってくれているのがわかるからだろう。


「何か…何かあったんですか……?」


そのせいか。
いつもより素直に妙は近藤へと質問を投げ掛けていた。


「すみません。急に誘って……」


と同時に微かに跳ねた厳つい肩
つられて妙の柳眉がぴくりっ、と跳ねる。


「別にそんな事は構いませんっ!」
「……………………………」
「私が聞きたいのはそんな言葉じゃなくてっ……!!」


感じる違和感
原因を探りたいのになんと言えば良いかわからなくて。上手く言葉が出て来ない妙はギュッと唇を噛み締める。
そんな妙に近藤は一瞬瞳を閉じた。
けれど、


「お妙…さん……俺、勃発した争いを終わらせる為に蝦夷に行く事になりました」
「……ぇ…?」
「ちょっと大きな戦になってて…もしかしたらもう戻って来れないかもしれません」


けれど、それは本当に一瞬で。
再度妙を捉えた近藤の瞳はとても綺麗に澄んでいた。
覚悟を…最期の覚悟を決めたのだと妙は悟る。


「だから、もう一度…もう一度だけお妙さんに逢いた「迷惑です」
「お妙…さん……」


だから…
だからこそ、妙は言葉を遮った。
そして、自身の髪を結んでいた髪紐を解いて近藤へと渡す。


「それ、気に入ってるんです。今は貸してあげますが、後で必ず返しに来て下さい」
「お妙さ「絶対ですよ…?でなければ、近藤さんを大っ嫌いになります」
「……………………………」
「本気…ですからね」


淡々と話続ける妙に近藤は軽く瞳を見開いた後、口元を緩めながら瞳を優しく細めた。


「わかり…ました……」


そんな近藤を見つめ、妙は今にも泣き出しそうな気持ちを押し殺して精一杯微笑んだのだった。



バトン


[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ