V




ろくでもない奴に、
→人間であるかも怪しい奴に、
恋をしたなんていくら考えても認めたくないことだと妙は思う。

(ちょっ、ちょっと待って……!絶対違うって……!!)

必死に否を心のなかで巡らせるが、それでも猶嫌がらせのように脳裏を占めるのは莫迦みたいに満面の笑みを浮かべた近藤で。

(有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ないっっっ!!!)

認めたくないが故にひたすら自己暗示のように妙は同じ言葉を脳内で繰り返し続けたのだった。



バトン


留守かと思った。
→言いながら邪気なくにっこりと近藤は笑う。
相対して妙の柳眉が寄った。


「あら、ゴリラがいるわ。保健所に電話しなきゃ」
「ちょっ、ちょっとま、待って下さいっっ!!」


吐き捨てるように言葉を紡ぎ、妙は踵を返す。
と同時にふんわりと甘い香が薫った。


「……ぇ…?」
「今日は…これを……!」


不意に妙の視界に広がる橙と緑のコントラスト
柔らかく優しい芳香が鼻を擽る。


「これを渡したくて……!!」
「…金木…犀……?」


大きな手の中に包まれている枝を妙はジッと見つめた。


「屯所で綺麗に咲いていたんですよ!」
「そう…なんですか……」
「はいっ!それでお妙さんに差し上げたくなったんです♪」


思わず妙が差し出されるままに金木犀を受け取れば、ふわっと優しい風が吹き抜けて。


「良い…香り……」


更に濃くなった匂いに引き摺られるように妙は珍しく近藤の前で顔を緩ませたのだった。



バトン


いつからだろう
→煩い声を待つようになったのは……


お妙さぁぁぁん!お妙さぁぁぁん!!愛し「喧しいっっ!!!」


けれど、そんな事恥かしくて言えないし言えそうにないから…


「ゴリラはとっとと動物園に行きなさいよ!ほんと、迷惑っっ!!」


本音は語れない妙の華麗な暴力が今日も舞う。
だが、それは偏に心の底で近藤を信頼しているからに他ならない。


「あはは♪そんなに邪険にしないで下さいよ!お妙さん!!愛してます♪」
「ほんと、煩いし図々しいわ」


どれだけ突き放しても、酷い言葉を紡いでもまた来てくれると信じているから妙はまた笑顔で毒突くのだった。



バトン


それはまるで
→゙愛してる゙と告げる言葉なきサインのよう。


汗ばむ手を強く握り返して。ふっ、と妙はそう思った。
思わず頬が緩んでゆく。


「お、お妙さん…?」
「なんですか?」
「あっ、その…、急に…笑われたので何かあったのかと……」


こちらの心情を探るかの如く作り笑いを浮べながら顔を覗き込んでくる近藤が実は物凄く緊張しているのが妙にはわかった。
そっと妙から手を繋いだだけなのに立派な身体を一度大きく跳ね上がらせてからガチガチに固まり、普段の暑苦しい愛の叫びが嘘のように今の近藤は言葉も少なめである。
いつもなら気持ち悪いと眉を顰めるだろう手の汗も気にならなくて。


「別に…別に何も……?」
「そ、そうですか……」


自然と妙の笑みが深くなってゆくのとほぼ同時に近藤は瞳を泳がせながら言葉少なに空いている手でガリガリと頭を掻いた。
その様子がとても可愛いらしく思えて。妙は笑顔のまま握った手に力を込めたのだった。



バトン


あたたかな
→大きい背中
それが気持ち良くて。ぼんやりとした夢見心地ではあったが、普通の状況よりも開いていない瞳で妙はその背中を凝視した。
おんぶされている為、緩やかに訪れる振動がまるで優しい子守歌のようで。自然と唇が緩んでゆく。


「お妙さん……?起きました?」


思わず腕に力を入れたら、聞き覚えのある穏やかな声から気遣うように話し掛けられる。
けれど、


「お妙…さん……?」


けれど、今の心地良い時間を失いたくなくて、瞳を瞑ってわざと黙ったままでいれば大きな背中の主、近藤が軽く息を吐き出したのに気付いた。


「俺が側にいられる時は良いですけど、一人の時は飲み過ぎないで下さいね…?」


とほぼ同時に独り言のつもりだったのだろう、近藤の口から漏れた言葉は酷く優しく空気を震わせて。

(そんなの…そんなの当たり前よ……!)

言い知れぬ胸の高揚が妙を落ち着かなくさせる。
それを押え込もうと唇をきつく噛み締めはしたが、結局家に送り届けられるまで妙が大きな背中から降りることはなかった。



バトン


この衝動を
→抑えるすべを近藤は知らない。
だから、


「好きです!お妙さぁぁ〜〜「糞ゴリラ煩せぇぇっっっ!!


だから、いつもいつも笑顔で近付く。
殴られても蹴られても……諦めたくなくて。諦めきれなくて。


「お妙さぁぁ〜〜ん!」
「ほんと、しつこいっっ!!」


今日も懲りずに近藤は妙に逢いに行くのだった。



バトン


泣きそうなほど
→瞳を潤ませて。
けれど、妙は絶対泣こうとはしない。


「お妙さん」


なるべく血が見えないようにして近藤はそんな妙の横にしゃがみ込んだ。
ゆっくりと大きな手を小さな頭へ伸ばしてゆく。


「大丈夫…ですか……?」


触れるか触れないか、微妙な距離
そこで自身の手についていた赤黒い血に気付いて。慌てて手を引いた。
思わず唇が震えてしまった近藤だったが妙の存在を思い出し、唇を強く噛み締めつつ瞳を閉じる。
けれど、


「驚かせてすいません」


けれど、それは一瞬で。
次に目を開けた近藤は瞳の奥に悲しみを押し込めながらも困ったように笑った。
いつも妙に見せていた表情ではない局長としての、顔


「そのかわり、と言ってはなんですが隊士に家まで送らせますから」


静かな声音が場を支配する。
驚いた表情を浮べる妙に近藤は心の揺れを悟られぬよう僅かに、本当に僅かに瞳を苦しげに細めたのだった。



自身で選んだ道
例え愛しい者が泣いたとしても
止まる事は出来ない――…




バトン

望んだ物は
→何なのか…

妙は自分でもよくわかっていなかった。
ただ無意識のうちに。そう。本当に無意識のうちに黒い隊服の裾をギュッ、と握り締めていたのである。


「お妙…さん……?」


その為に、近藤の口から間抜けな声が零れ落ちたのだけれど、手を離したくなくて。離せ、なくて。何も言わないまま握る指に力を込めてゆく。


「大丈夫、ですよ?」


いつもとは違う妙の行動
だからなのか…
特に問い質す事なく大きな手は柔らかな髪を撫でた。
何度も…何度も……


「大丈夫ですから……」


ゆっくりと、まるで幼子を相手するように柔らかな笑みを浮べながら近藤は優しく撫で続けたのだった。



バトン


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