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扉の先には
→何がある?
希望?夢?青春?
それとも絶望………?




「……………………………」


薄暗い玄関からリビングの明かりが漏れているのがわかる。
ゆっくり、無意識にゆっくり笹塚はそこへと近付いてゆく。
廊下からリビングへは扉を開けなくては入れない。

けれど、
磨り硝子の向こう側は歪んで見えなくて。言い知れない震えが身体に走り、笹塚は息を詰めた。


「……フゥ…」


数秒、いや、数十秒か
思わず閉じてしまった瞼を無理矢理抉じ開けて。緊張を解す為になんとか息を吐き出す。
少し震える手に力を込めて、銀の把手を下へと下げた。


「…ただい…ま……」
「あっ!お帰りなさい!!」


カチャリ、と軽快な音とともに齎された先程よりも力強い明かりが眩しくて。思わず細めた視線の先
エプロン姿の愛しい少女があどけない顔で笑っていた。


「今日は早かったですね♪」
「ん。仕事が珍しく早く片付いたんだ」


それだけの事が凄く嬉しくて。少し、ほんの少しだけ、笹塚の頬は緩む。

(無茶苦茶テンション上がってきた!)


けれど、いつも同じ風景がそこにあるとは限らない。
それは絶望を味わったことのある男自身が一番良く理解していた。
だからこそ、毎回毎回開けるのを躊躇ってしまうのだ。
扉を開けるのを。


さぁ、次に開ける扉の先には一体何が…何がある――…?




バトン


あなたの横顔
→綺麗過ぎて……
運転中はいつも思わず見惚れてしまう



「……弥子ちゃん…?」
「は、はいっ!」
「見過ぎ」
「っ!」


若干困ったような表情
笹塚の言葉と眼差しにふっ、と我に返り弥子は瞳を泳がせる。
恥ずかしくて。恥ずかし過ぎて。


「なんか…キスおねだりされてるみたい」


俯いてしまった弥子の耳は不意にボソリ、と齎された言葉に紅く染まってゆく。


「……ぁ、ゃ…違っ…………!」


必死にパクパクと動かしても音は出て来ない。
けれど、けれど…
無表情なのにどこか優しさを感じさせる眼差しと沈黙にやがて口を噤んでしまった。


「……弥子ちゃん…」


いつの間にか車が止まっている事にさえ弥子は気付かない。
だが、優しく甘い声と異常なまでに近距離にある端正な顔、伸ばされた掌に反応してか。


「好きだ」


どんどん上昇する身体の熱を押さえるように唇を噛み締め、マロングラッセの瞳を閉じるのだった。



バトン


捨てられないものが
→増えに増えてしまい、弥子は苦笑を浮かべた。


「あ〜これは…この間の……」


けれど、それらを見つめる眼差しはどこまでも優しく甘い。


「美味しかった…な……」


色取取のお菓子の殻が多数
しかし、それはただのゴミではない。


「…笹塚さん……」


そう。大好きな人からの貰い物
それも普段はお菓子など食べない人から貰えたのである。
故に棄てられるはずもなく、大きなクッキー缶の中に綺麗に保管していってるのであった。


「大好き♪」


その為にそれらを見る度に自身の頬が緩んでいくのを弥子は止められない。


「あはは…!なんちゃって☆」


そして、いつもいつも徐々に、けれどもだんだん増えてゆく殻を見つめて、告白紛いの事をもう幾度繰り返したのかわからなくなっていた。


「ゔ〜〜…本人に言えたらなぁ……」


苦悩し、零れ落ちたのは重い溜め息
けれど、顔は普段のあどけない表情とは違い、艶やかでとても綺麗であった。



恋する乙女は美しい!




バトン


はなれていく手に
→涙が零れ落ちそうになって。弥子はそれを我慢しながらも必死で手を伸ばす。


「さ…笹塚さんっ……!!」


自身よりも冷たい、けれど安心出来る大きな手
それへ縋りつくように自身の手を絡ませて。離れていかないように強く引っ張った。
けれど、


「弥子…ちゃん……」
嫌ですっ!絶対嫌っっ!!


けれど、それでも猶離れそうになって。弥子は半狂乱で泣き叫ぶ。
暫しその音だけが響いて。やがて掠れた嗚咽しか聞こえなくなった。


「ごめん…ね……?」


そんな弥子は後頭部を優しく撫でられて。一瞬動きを止めてしまう。


「…笹塚さ……」


恐る恐る上げた顔
歪んだ視界に映ったのはどこか困まったような笹塚の笑顔


「…ごめん……」


それに弥子の瞳からまた涙が溢れ出したのだった。


謝らないで
謝らないで…
謝るくらいなら離さないでいて……




バトン


幻じみた現実に、
→泣きそうになったが、弥子はそれを必死で堪えた。


「私も…私も好きです……」
「……本当に…?」
「…は…はぃ………」
「………そ……」


壊れ物を扱うように笹塚に優しくだき寄せられて。込み上げる嬉しさを隠し切れずに顔を温かな胸板に埋め、煙草の香がする草臥れたスーツを握り締める。
恥ずかしくて。恥ずかしくて。そのまま顔を上げられない弥子の耳にクスリッ、と柔らかな笑い声が響いた。


「大切にするから」


それに反応してやっと顔を僅かに上げた弥子の瞳に映ったのは、穏やかで優しい眼差しをした笹塚で。


「隣で笑ってて……」


そのまま二度と離れたくなくなるような暖かさに身体を委ねたまま頬を真っ赤に染め、弥子はゆっくりと何かを確かめるように首を縦に振ったのだった。



バトン


弱いところ
→を探す為に身体に触って良いかと許可を求めただけで特に何をするか言わずに弥子は必死に笹塚の身体を弄った。
けれど、


「何してんの?」
「弱いところを探してるんです」
「……は…?」


けれど、特に大きな変化はなくて。弥子の口から重い溜め息が零れ落ち、眉が垂れ下がる。


「脇の下とか足の裏とかに触れても笹塚さんは大丈夫な人だったんですね?」
「あぁ…別に擽ったくはないな……」
「そっか…沢山笑うとどんどん幸せになれるって聞いたから笹塚さんを大爆笑させようと思ったのに…残念……」


そんな弥子の頭に齎されたのは大きな手
優しく頭を撫でられて、猫のように瞳を細めた。


「俺は弥子ちゃんが側にいてくれればそれだけで幸せで嬉しいよ」


そのまま額にゆっくり口付けを落とされて。弥子が照れ笑いを浮かべれば、笹塚は穏やかに笑み。


「本当…ですか……?」
「ん…」


それが嬉しくて嬉しくて。弥子は大きな身体にギュッと抱き付いたのだった。



バトン


ん。と、うなずいて、
→笹塚は微かに笑む。


「い、いいんですか…?」
「ん」
「ほ、本当にっ?!本当に良いんですかっ…?!」


自身の中で整理がつかないのだろう。
真っ赤な顔をし、何度も何度も必死で繰り返し問い質してくる弥子に笹塚の瞳は穏やかに細まった。
そのまま柔らかな弥子の髪を優しく撫でる。


「ん。弥子ちゃんが良いなら…ね……」


とほぼ同時にガチガチに固まった真っ赤な耳にゆっくり囁けばびくっと跳ねる細い身体
そんな弥子の揺らぐ瞳を笹塚はしっかり覗き込んだ。


「……いや…?」
「いえっ!嫌じゃないですっ!夢みたいですっ!!」


そして、わざと少し寂しげな声を出せば元気良い声音が直ぐに反応してくれて。


「そ。良かった」
「はいっ!」


あまりの嬉しさに珍しくはっきりと笹塚は微笑んだのだった。



バトン


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